山口敏太郎・原稿 連載1
  この項は、山口敏太郎が各種雑誌・メデイアに連載した原稿のうち単行本に収録されていない原稿を中心に掲載されており、一部の収録原稿、未発表原稿を含む。
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第1回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「お化け大好き」なんて不気味なことをおっしゃる、ハザマトシユキさんによる新
連載のはじまりです。お化け屋敷の入り口で、ブルブルふるえていたあなた! もう
心配いりません。これさえ読んでおけば、“お化け”が愛しい存在に変わること請け
合いです。思いきって“お化け列車”に乗ってみましょう。さぁ、出発です!
 
◆お化けの中のお化け
 よく世の中では、「お化け」って一言で表現されちゃうけど、その内容は多岐にわ
たってるんですよね。まあ大まかに分類すると幽霊・変化(へんげ)・妖怪(ようか
い)って3つの仲間に大別されるのですが、それぞれに出てくる目的ってのが違うわ
けです。幽霊ってやつは、あくまで個人的な理由で出てくるのが多くて、かなり自意
識が強い。つまりうらまれる相手とうらむ自分との濃密な関係を欲してしまう場合が
多いんです。私的理由により出現する「お化け」が幽霊なんですね。だから関係ない
人には見えない事があるのは、そういう理由からかもしれない。また出る場所も選ば
ない。うらむ相手が外国に行ってもつきまとう。ある一定の人に場所に関係なく憑
(つ)き、私的うらみ節を述べるのが幽霊なんです。
 
 それに対して変化っていうのは、「平成狸(たぬき)合戦ぽんぽこ」でも有名にな
ったのですが、狸や狐(きつね)、てん、穴熊、猫、犬、アリ(こんな奴まで変化す
るんです)など日ごろは別の動物なんですが、変身して人間や化け物になりすまして
いる奴なんですね。この連中は相手を選びませんし、ある程度場所が限定されちゃっ
てます。執念でどこまでも追っかけていく幽霊のようなハングリー精神はないのです。
これが変化の連中の「お化け」に対するスタンスの違いですね。変化の連中は不特定
多数の人間をおどかす事からもわかるように、幽霊のように怨念(おんねん)をはら
すというプライベートな大義名分は無いのです。変化の連中が人をおどかすのは言っ
てみれば、趣味なんです。変化する事によりいつもと違う自分を満喫し、非日常つい
でにおどかしてみた。ただそれだけなんです。さあたまには「お化け」でもやるか。
それが変化連中の見解なんですね。
 
 最後に妖怪。こいつが一番種類が多く、性質が悪い連中を多くかかえています。一
昔前は千種類あると言われていましたが、私の見解では、2千種類から3千種類はい
るのではないかと思っております。さてこの妖怪が、人間が死後「お化け」となった
幽霊、動物が変身し「お化け」となった変化とは大きく違うのは、生まれながらの
「お化け」という点にあります。人間とか動物とか、かつての清く正しい姿がなく、
生まれついたときからお化けなんです。人間や動物が「あかなめ」や「塗壁(ぬりか
べ)」に変わったという話は聞きません。「あかなめ」は、生まれながらの「あかな
め」なんです。まさにキングオブ「お化け」が妖怪なんですね。ですから彼らの存在
自体が「人をおどかす」ためにあります。自分達(妖怪)の存在を守るために、いつ
でもだれでも常におどかし続ける。それが妖怪という「お化け」なんです。幽霊のよ
うに個人サービスではなく、変化のようにアルバイトでもない。エブリバディお化け
エニタイムお化けなんです。泣かせますねえ。帰る本体(人間、動物)がなく、おど
かす事で自分の存在を確認する妖怪達。まるで下町の職人のような頑固さですね。で
も、いつでもお化けでしかいられない彼ら妖怪に、ちょっぴり哀愁を感じてしまうの
は私だけでしょうか。
 
 毎回、お化けの世界を探索してみようと思います。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第2回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
渡る世間にお化け愛
 
◆人間の社会には、兄弟や親子、友人、師弟など人と人とのコミュニケーションの基
本となる人間関係がある。果たしてお化けの社会にも、お化けーションならぬ、お化
けとお化けのお化け関係はあるのでしょうか? 今回はお化けの家族関係にスポット
を当ててみます。調べてみると、お化けも様々なお付き合いをしてるんですね。
 
 まずは兄弟愛から説明しましょう。実を言うと、お化けにも姉っぽい奴、妹っぽい
奴っていうのがいるんですよ。つまり妖(よう)怪版兄弟論ですね。妹君の代表的な
のが「亀姫」。猪苗代城に住んでいる妖怪なんですが、侍をおどろかそうと、「どう
だ怖いか」って出てきても、かわいい女の子だからみんな驚かない。それどころか子
供はどっか行ってろと言われる始末。ぷーっとふくれちゃった「亀姫」、これでは妖
怪的プライドがずたずたです。そこで「亀姫」が言った一言がなかなかいけてるので
す。「姫路城の長壁姫を知らないのか。私は長壁姫の妹だぞ」という始末。まるでお
となしい妹君が、ヤンキーで地元で有名だった姉の名を出して相手をびびらせてるみ
たいでしょ。うちの姉ちゃん怖いだぞって。いいなあ、妹っぽくてかわいいでしょ「
亀姫」って。
 
 その妹が名前に頼った姉の「長壁姫」っていうのは、訪ねてきた剣豪宮本武蔵の勇
気に免じて強力を与えたという話や、夜中に肝試しと称して天守閣にあがってきた若
者に、証として兜(かぶと)の一部を引きちぎって渡したとか。かなり怖い感じがす
るエピソードが多いんです。美人だという伝説がありますが、やっぱりしっかりもの
の長女って感じですね。妹に頼られるはずです。姉妹にはほかに男の兄弟もいて「源
九郎」っていう狐(きつね)なんですね。一応「長壁」の弟という事なんですが、一
説には息子とも言われてるんです。まあ姉は弟をまるで息子のようにかわいがると言
いますからね。でもこの「源九郎」さんはあまり目立った業績がないんですよ。人間
に逆にだまされちゃったりする話があるぐらいで、人が良い、いや狐が良かったんだ
と思うんです。ひょっとしたらシスコンいや、マザコンの気があったのかもしれませ
ん。
 
 この兄弟の関係を整理すると、「亀姫」は言動から末っ子ぽい。「源九郎」は「長
壁姫」の弟という話ですから、「長壁姫」が長女、「源九郎」は女兄弟にはさまれた
長男、「亀姫」は末っ子というわけですね。(ひょっとしたら猪苗代城の「亀姫」の
対として鶴ヶ城には「鶴姫」というまんがキャラ、いやいやもう一人の姉妹がいたの
かもしれません。)
 
 なおこの兄弟、狐族では高貴な生まれらしく、兵庫を中心に一族郎党の狐が808
匹もいたらしいんです。この人数は四国愛媛の行部狸(たぬき)が率いる808匹の
狸軍団に匹敵します。お化け界でもかなり有力な勢力です。部下の中で特に優秀な奴
は四天王一武者(往年の熱血番長まんがみたい)と呼ばれてたらしいんです。この5
人はそれぞれニックネームを持ってるんですが、これがまた泣かせるんです。「二階
堂の煤(すす)助」「かくれ笠(かさ)の金丸」「鳥居越の中三郎」「鶏食いの闇
(やみ)太郎」「野荒らし鼻長」。特に「鶏食いの闇太郎」なんかは最高ですね。鶏
を食っちゃうんですから。ヘビメタのバンドじゃないんですからね。顔にペイントで
もしてりゃ最高ですがね。きっと化け狐仲間でも言われてたんだと思いますよ。「お
い、闇太郎が来てないな」「多分、鶏でも食ってんだろう」こんな会話でしょうかね。
まあとにかく、妖怪の家族や一族郎党って奴は人間臭いもんなんです。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第3回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆真説!!狸(たぬき)合戦
 
 日頃善人のふりをするのに疲れた人間の心の中の悪い部分が、お化けという形で具
現化したっていう説があるんだけど、そういう説をまるで立証するかのようにお化け
の世界は闘いがいっぱいです。「化けがま」は左右に分かれて歌合戦しゃちゃうし
(念のため紅白ではないけど)、「火の玉」の軍団は、二手に分かれてぶつかり稽古
(げいこ)しちゃってるわけです。墓場では骸骨(がいこつ)の軍団が甲冑(かっ
ちゅう)着て戦ってるし、京都の空では「ぬえ」が空中戦をやってる始末。まさにお
化けはコンバットマニアなのです。
 
 最近有名になったお化けの合戦は「狸合戦」ではないでしょうか? 横暴な人間達
を相手に自然を守るために戦う狸の姿は楽しくもあり、悲しくもありました。この狸
合戦、実は本当に伝説が四国に伝わっているのです。実際のお話は狸同士の対決なの
ですが、これもまた哀れなエピソードなんです。
 
 その内容を説明しましますと、四国徳島に勢力を張る狸の大親分にロクエモンとい
う化け狸がいました。名親分だったのですが、娘しかいないので優秀な婿(むこ)探
しにやっきになってました。そこに現れたのが金長(きんちょう)狸だったのです。
最近一家に入ったばかりですが、度胸も良く、頭も切れ、めきめき男を上げています。
ロクエモンは金長にべたぼれでした。自分の跡継はこいつしかいない。すぐにでも娘
の婿に迎えて2代目ロクエモンを名乗らせたい。娘もまんざらではない様子。ロクエ
モンは必死にくどきましたが金長はうんと言ってくれません。実は人間に恩返しをし
なければならない事情があり、その跡でないと結婚などはできないと心に誓っていた
のです。
 
 しかし、恥をかかされたロクエモンももう後には引けません。かわいさ余って憎さ
百倍。金長討伐(とうばつ)の兵を挙げたのです。一方ロクエモンに反旗を翻(ひる
がえ)すもの、金長の心意気に賛同するものも現れ金長軍も結成され両者は激しく激
突しました。激しい闘いの末、金長はロクエモンを倒しましたが、ロクエモンの刀に
塗られた毒が刀傷から入っために、金長も命を落としてしまったのです。そして密か
に金長を愛していたロクエモンの娘も命を絶ったのです。そしてその後双方の残党に
よる混乱が阿波(あわ:徳島県)全体をおそいましたが、隣国讃岐(さぬき)の狸の
親分「はげ狸」の介入によって平定されたそうです。これが阿波徳島に伝わる狸合戦
の大筋です。
 
 最近まで私はこの話は悲しい話だと思っていたのですが、以外なエピソードを最近
確認する事ができました。なんと合戦後、漁夫の利を得た「はげ狸」と、修行中若い
頃の「金長」が出会う話をみつけたのです。内容は「金長」の化け術のうまさに「は
げ狸」がへこまされるものだったのですが、これにより両者は「金長」が「ロクエモ
ン」の子分になる前からの知人であった事がわかりました。何か臭いませんか? 狸
汁ではありません。阿波狸合戦の仕掛け人の姿ですよ。実は「金長」は「はげ狸」が
おくり込んだスパイだったのではないでしょうか? 「はげ狸」は隣国阿波の「ロク
エモン」の縄張りを狙っていた、そこへ現れた「金長」という若者。その若者をスパ
イとして送り込み阿波陣営を2分させる。そこに介入し、阿波の縄張りを手中に納め
る。これが脚本だったのではないでしょうか? ひょっとしたら「金長」は、ロクエ
モンの刀傷の毒で死んだのではなくて、利用価値がなくなったので「はげ狸」に始末
されたのでしょうか? うむ、ホームズも悩むこのミステリー。
 
 やっぱり狸は、本当に食えぬ狸でした。化かしたのは誰でしょうか。化かされたの
は誰でしょうか?
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第4回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆お化けでルンバ
 お化けって奴は、人間の心の中の欲望をある意味で具現化してましてね。その時代
の人間性の暗い部分を表現してるんです。とかくその時勢の権力者の欲望が妖怪化し
ている事が多いんです。
 
 かつて太古日本において神世を荒らしまわった大物に「やまたのおろち」がいます。
出雲を破壊しまくり、生け贄(にえ)の女性を食べ続け、そして捧(ささ)げ物の酒
を飲み酔っぱらった挙げ句には、スサノオノミコトに首をはねられ、命を絶たれた魔
物です。この神と民の境目が曖昧(あいまい)な時代にはこのような水を使う魔物、
つまり農業に影響を及ぼすものである、「おろち」「大蛇」「竜」「みずち」など蛇
・竜系の魔物が力をもっていました。この「竜」は王または皇帝を表現しており、か
つて天皇、大王中心の朝廷に権力があった事を比喩(ひゆ)しています。天変地異さ
えも操り圧倒的なパワーで従属を強いた竜は、まさに破竹の勢いであった大和朝廷そ
のものではないでしょうか?
 
 また時代は下り、天皇をないがしろにし、貴族が政治を私物化し、愛欲、物欲、肉
欲にまみれて統治していたとも言われる摂関統治の全盛期である奈良時代、平安時代
などは「鬼」が代表的妖怪として活躍していました。都の闇(やみ)にまぎれて女性
をさらい、豪邸を襲っては宝を奪う欲望の固まり、鬼。本能のみに生きる鬼の姿はま
さに権力闘争に明け暮れ、欲の固まりの権化になった貴族の心そのものと言えます。
民衆が「悪鬼」と恐れたのは貴族の醜い心が具現化したものだったのです。
 
 その後、鎌倉時代に入ると「鬼」に替わり「天狗(てんぐ)」が台頭してきます。
「天狗」は「鬼」とは違い、民衆から欲望のおもむくままに略奪したりしません。彼
らは民衆が自分の縄張り(つまり深山だったり、神社であったり)を荒らさなければ
何もしません。それどころか、源義経に武芸を教えていたり、子供をさらっては天狗
界で修行させてみたりしてるわけです。どこかストイックな香りがしませんか? 自
分に厳しく、弱者に優しい。勉学好きで向上心旺盛な「天狗」。彼らの姿には貴族の
あとに登場した武士階級のイメージが重なります。術を追求し、向上を常とした天狗
とはある意味、武士のせつないまでもの生真面目さが妖怪化したものではないでしょ
うか?
 
 そしてやってくるのが妖怪変化の種類が大発生する江戸時代です。様々な文化や価
値観が生まれた絢爛(けんらん)豪華な江戸時代が、そのまま妖怪の誕生にまで影響
を与えているのです。この時代に大人気だった主力妖怪が「河童」なんですね。非力
だけど頭が良く、粋でどこか滑稽(こっけい)なその姿はある意味、江戸の主役だっ
た町人の姿と重なってみえるのです。その他人気のあった「ひとつ目小僧」「ろくろ
首」など町人の姿の妖怪ほど元気がいいのです。
 
 さてさてこの現代でも様々な妖怪が生まれています。「人面犬」「かしまさん」
「花子さん」「ひじかたさん」「てけてけ」など。いずれも猛スピードで追いかける
か、残酷な結末を被害者に与える事が現代妖怪の特徴です。「スピード」「残酷性」
これが現代妖怪のキーワードです。人間の心の闇(やみ)が妖怪を作るのなら現代妖
怪のキーワードは現代社会のひずみを表現しているのでしょうか? お化けに夢を持
てない時代になってしまったのかもしれません。
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第5回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆げげっの妖怪(ようかい)=宇宙人説
 かつてある学者が「河童(かっぱ)の正体は宇宙人である」という衝撃(しょうげ
き)的な説を発表しました。日本の代表的妖怪「河童」が宇宙からの来訪者(らいほ
うしゃ)であるというのです。その根拠を大すじで述べてみましょう。
 
 まず外見上の特ちょうです。河童のぬめぬめした緑の肌は「宇宙服」であるという
のです。また頭の皿は「ヘルメット」であり、とがった口は「酸素ボンベの吸入口」、
髪の毛は「無線アンテナ」というわけである。そう言われてみれば、小がらな体や、
とんでもない怪力も重力のちがう星からきたとなると納得がいく。そうそうスーパー
マンの映画でおなじみですよね。重量がちがう星に行くと怪力になれるんですよ。ま
た彼らが水にひそむのも彼らの母星が水中の環境と似ているのでしょうね。たとえば
湿度の高い惑星で進化した水中人類とかなんでしょう。そう言えば河童はオスとメス
の比率が9対1だといいます。宇宙乗務員の男女の割合と考えればつじつまがあいま
す。さらに、たちの悪い河童はよく人間の女性をおそい子をなしたと言います。この
生々しく生物的なのりはなんでしょうか。はるか遠い星からやってきた来訪者である
と考えるとスムーズに理解できるのは私だけでしょうか。
 
 そんなふうに考えていくと、どうやら正体は「UFO」や「宇宙人」ではないかと
いうモノが日本の伝説にはいくつか存在します。かぐや姫伝説などは小型「UFO」
でそう難した宇宙人が、母船に助け出されるまでを描いた完全に宇宙人とのコンタク
ト談だし、浦島太郎などは亀(かめ)、つまり「UFO」に拉致(らち)され、竜宮
城つまり異星まで連れ去られた人物の体験談ではないだろうかと思ってしまいます。
 
 妖怪の中にも疑わしいヤツはいるんです。奈良時代に都の上空を飛行し、僧(そう)
たちに目撃(もくげき)された「天狐=あまきつね」などは、轟音(ごうおん)をあ
げながら空を飛行する発光体なんですが、これなんか「UFO」以外の何者でもあり
ません。また土佐(とさ)に伝わる怪火「しゃんしゃん火」などはシャンシャンとい
う音を発っして飛んでいくのです。このシャンシャンという音などまるでエンジン音
じゃありませんか?
 
 「UFO」だけではありません。宇宙人とも言える人間のような姿も目撃されてい
ます。かつて河内(かわち)地方を荒らし回った「姥(うば)が火」や、「遺念火=
いねんび」などは発光体の中に人影が目撃されています。また井原西鶴(いはらさい
かく)の記した「西鶴諸国話」に出てくる妖怪「飛び車」なんかはもっとすごいんで
す。単なる車なんですが、これが空を飛び回るんです。ある時は若い女が乗っていた
り、老女が乗っていたりする上、攻撃(こうげき)を加えようとする者にはヘビの頭
が車から出てきて、カミナリのような衝撃(しょうげき)波を浴びせるというのです。
おおっ、これはまるでレーザー光線じゃないですか、当然、空飛ぶ車っていうのは
「UFO」でしょう。しかも記したのは当時の知識人・井原西鶴なんです。これはそ
の当時ほんとうに大変なさわぎだったんでしょうね。
 また最近有名なチュバカブラという「UFO」と関係あるとされる、牛をおそうな
ぞの怪動物と似た妖怪も江戸期に徳島で「牛打ち坊」として報告されているのです。
 
 やはりかつて「妖怪」と呼ばれていたものは現在私達が「宇宙人」「UFO」と呼
んでいるものなんでしょうか? 宇宙からの来訪者が妖怪であるなら、悪い妖怪から
人類を守ってくれる神様や仏様は一体どこにいるんでしょうか? やっぱりウルトラ
マンでしょうかね。おやおやじょうだん抜きでウルトラマンの無機質(むきしつ)な
顔が仏像に見えてきました。ウルトラマンという日本人のヒーローと仏像が似てるの
も何かの偶然でしょうか! またひとつなぞが増えましたね。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第6回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆なんと郷ひろみさんと松田聖子さんがデュエット曲を発表しましたね。まさにお化
け以上のインパクトがありますよね。かつて郷ひろみさんのデュエット曲と言えば、
きききりん女史と組んで出した「りんご殺人事件」「お化けのロックンロール」など
がありました。特にお化けのロックンロールはゆかいで楽しくなる曲でした。では本
当にお化けは音楽や歌を楽しんでいるのでしょうか? 今回はお化けと音楽を考えて
みましょう。
 
 まず音楽を演奏するためには各楽器の担当者が必要です。妖怪界広しといえども楽
器の達人はいるのでしょうか? まずギター系の担当者ですが、これは「琵琶(びわ)
ぶらぶら」が適任でしょう。彼は顔が琵琶になってますから、1年中引きまくってい
ます。弦(げん)がなくては生きられない、まさに生まれついてのギターリストです。
サブギターはだれにしましょうか? 女の子もメンバーに入れたいものです。そうだ
三味線の達人松村和子ではなく女郎蜘蛛(じょろうぐも)の姉さんを忘れてました。
三味線は彼女うまいですよ。なんせその音を聞いた男どもは心をうばわれてしまうら
しいです。つやっぽいその姿はまさに写真小僧の追っかけを生むのは必然でしょう。
 
 ではドラム担当はどうしょうましょうか。「虚空太鼓(こくうだいこ)」や「化け
物太鼓」が適任でしょうか。こちらかと思えば、あちらからも聞こえる強弱のきいた
ドラムはファンの心をきっと打つことでしょう。それから演奏に幅をもたせるため、
ミキシングで「あずき洗い」のあずきを洗うショキショキという快音と、「しずかも
ち」のぺったんぺったんという心地よい音、「クネユスリ」の生け垣をゆらす音も捨
て難いものです。
 
 さらに鉦(しょう)の奏者もバンドにいれましょう。鉦といえば「鉦五郎(しょう
ごろう)」が有名です。なんせ没落した金持ち商人の念がこもってますからビートは
最高です。おっと鉦のもうひとりの達人も忘れていました。乳鉢坊(にゅうはちぼう)
です。鉦五郎の繊細(せんさい)な音とはちがい、ダイナミックな鉦音は必要です。
そしてサックスは「貝吹き坊」の肺活量に期待したいものです。重低音が女心をくす
ぐることでしょう。
 
 さらにバンドのバックを飾るバックコーラスも必要です。「やろか水」なんかはど
うでしょうか。「やろうか、やろうか」というダークダックスばりの男性コーラスは
魅力的です。「うわん」の一声を間奏に入れるのも手です。また女性コーラスはソプ
ラノを期待して「川女郎」はブッキングしましょう。「川がながれるよー」と人の心
をとらえて離さない高音はインパクトまちがいなし、マライヤキャリーより8オクタ
ーブぐらい高いのではないでしょうか? あと忘れがちなのがバックダンサーです。
これにはおどりの達人「びろーん」「腹だし」の二人にお願いしましょう。二人のゆ
かいでファンキーなおどりはサムもびっくり! 初めて見るそのステップにドギモを
抜かれるでしょう。
 
 さて最後はボーカルです。やはりそれなりの力量とルックスがなければなりません。
これはやはり彼女しかないでしょう。「歌うしゃれこうべ」さんです。彼女は生前小
野小町だったわけですからルックスは問題ありません。また彼女は作詞能力もありま
すので女心をつづったオリジナル曲の作製も可能というわけです。ちょっと考えただ
けでこのメンバーです! 妖怪バンドは恐るべしです。デビューすると売れて印税が
たくさん入るんでしょうね。でもお化けだけに契約料はO円(おばけ)でしょうね。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第7回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆鬼(おに)サン!こちら
 
 桃太郎で退治される鬼、そして一寸法師でもやっつけられるのはいつも鬼です。鬼
はおとぎ話にはかかせない「やられ役・悪役」ではないでしょうか? また世間での
妖怪(ようかい)認知度(妖怪指数)も高く河童(かっぱ)・天狗(てんぐ)と並ん
で3大メジャー妖怪と言っても過言ではないと思います。そんな日本人ならだれでも
知ってる「おとぎ話やられ役の鬼」について今回は触れてみたいと思います。
 
 鬼が日本に出現したのは古代にさかのぼります。その当時はまだ鬼という明確な言
葉はなく、ただ「あしきもの」という呼称で表現されました。当初鬼は亡霊(ぼうれ
い)的な意味で解釈(かいしゃく)されていたのではないでしょうか。これは中国の
影響だと思います。中国では鬼という漢字は日本でいう幽霊(ゆうれい)を指してい
たのです。それが日本に伝わったあと、いつしか鬼という一種の妖怪として成立して
いったのです。
 
 しかし、鬼という言葉の成立時の因果でしょうか? その後も鬼という言葉には常
に人間がつきまといます。まず大和朝廷(やまとちょうてい)は体制に従わぬ、反体
制勢力を鬼と呼称し蔑視(べっし)したのです。特に東北や九州の勢力などは、鬼と
呼ばれ朝廷からの武力行使を受けました。朝廷の統一に従わぬ地方豪族を鬼に想定す
る事で、彼らを討伐(とうばつ)する大義名分を得たのです。そして地方豪族が一掃
されたあと、鬼は都を跋扈(ばっこ)し山に潜みました。つまり、今度は盗賊(とう
ぞく)や反体制のアナーキストが鬼とされ、庶民からは畏怖(いふ)され、朝廷から
討伐されたのです。そういう意味では、鬼は人間の心の闇(やみ)から生まれたと言
えます。しかも、その闇はニ重構造になっています。自分の権力に従わない者を駆逐
(くちく)したいという支配者側の人間のエゴという闇、また反体制側のたとえ死ん
でも権威には屈しない怨念(おんねん)という闇。このふたつの闇から鬼は生まれた
のです。酒呑「童子」という呼称からもわかるように、変に大人になるよりは、自由
に生きる童子(子供)のまま社会にも屈せず生きた妖怪の姿がそこにあるのです。
 
 鬼が日本で育っていく過程については、これで理解できたと思いますが、ではあの
牛の角にトラのパンツというスタイルは一体どこから発想されたのでしょうか? こ
れは方角から来ているのです。かつて日本では方角や時刻に十二支(じゅうにし)を
ふって数えていました。そして鬼門(きもん)の方角と呼ばれ恐れられていた北東が
丑寅(うしとら)の方角と呼ばれたのです。つまり北がねずみ、北東がうし、とらな
のです。そうです。鬼が入ってくる鬼門が丑寅(うしとら)だったから丑の角に虎パ
ンツというルックスができあがったのです。あまりにもイージーですが、こんな親父
ギャグ的センスが鬼のビジュアルを決定したのです。
 
 しかしこの十二支構造をもっと掘り下げていくともっと深いものがあるのです。俗
に幽霊が出るという夜中の2時は丑みつ時と呼ばれています。これも同じ事です。
12時にねずみ、1時に丑、2時に寅と順番にふっていくと夜中の2時は丑が最も満
ちた時間、つまり丑みつ時になるのです。当然これを方位コンパスに置き換えると鬼
門になるわけです。幽霊の出る時間と鬼のくる方角が一致するわけです。それだけで
はありません。桃太郎に従い鬼を討った3匹の動物を思い出してください。猿、キジ
(鳥)、犬、全て十二支の動物です。そしてその3匹がさす方角は西、幸運がくると
いう西をさしているのです。これは単なる偶然の一致でしょうか? それとも妖怪と
いうものは、何か目に見えない力が精密に設計したものなのでしょうか? 今回提案
したい謎(なぞ)です。妖怪謎深し。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第8回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆アニメのゲゲゲの鬼太郎(きたろう)を見ていると、お化け(ユウレイ族という設
定)の親父さんと人間のお母さんの間に生まれたのが鬼太郎ということなんです。こ
のテの話ってお化け談を調べてみると結構多いんですね。とかく人間の女性(かなり
美人でお嬢(じょう)さまタイプが多い)とお化け(動物が年をとり妖力(ようりょ
く)を身につけたタイプ)がいっしょになり、子供を作るパターンが多いんですね。
または美人タイプの人間型妖怪(ようかい)とゲテモノ妖怪のコンビがいっしょに出
現するというのがよくあるんです。
 
 よく知られているところでは、里見八犬伝なんかが、その典型ですよね。房姫(ふ
さひめ)と犬が交わり8つの玉を生むというのなんか、そのまんまですね。まあ厳密
に言うと里見八犬伝は滝沢馬琴(たきざわばきん)の創作ですが、そのベースとなっ
た伝説もあるんですね。
 
 千葉県の佐倉(さくら)に伝わる伝説ですが、あるお姫様が湖でたわむれれる白鳥
に恋をしてしまうんです。そしてどうしてもあの美しい鳥と結婚したいと思うように
なったんですね。当然父親である城主は許すわけありません。まあ姫の思春期のたわ
ごととして無視しましたが、姫の情熱はおさまりません。とうとう白鳥と結ばれ、卵
を産んでしまったのです。そして生まれたのが翼(つばさ)を持ち、足が鳥の足をし
た人間と鳥のハーフである鳥人だったんです。「えーい、そんな妖怪など切ってしま
え」と激怒(げきど)する城主の目をぬすみ、姫と白鳥達は佐倉の森にかくれました。
そしてそこで鳥人達は繁殖(はんしょく)し、いつしか100羽近い鳥人村ができあ
がったのです。そこは鳥人達の楽園でした。水上を泳ぎ、陸を歩き、空を飛ぶ。不思
議な楽園だったのです。あるとき、村人がこの鳥人の村を見てしまいました。「この
ことを城主様に報告しなければ」。村人の密告で大勢の軍勢が鳥人達を取り囲み、矢
をいかけてきました。その時姫は叫(さけ)んだのです。「早く逃(に)げて、空に
飛ぶのよ」。鳥人達はいっせいに飛び立ちました。その中の幼い1羽は矢に射られ落
ちてしまいましたが、大部分の鳥人ははるか遠くに旅立ってしまったそうです。すご
い話でしょ。たぶんこの話と、東北のおしら様(馬と女性の恋)伝説が混じって里見
八犬伝になったんだと思います。
 
 でもね、妖怪(化ける動物)と女性とのコンビはまだまだあるんですよ。雪女と牛
なんかめずらしい話ですね。牛をつれた雪女に会った人がかつているんですね。その
雪女やたらと牛の乳を飲めとすすめるんです。でもね。これを飲んじゃうとまずいん
ですよ。最近の食中毒や品質問題とはちがいますが、飲むと体が凍(こお)って凍死
(とうし)しちゃうらしいんです。アイスミルクってレベルじゃなく凍死ミルクです
からね。雪女ってヤツは危いヤツですよ(妖怪だから当たり前か)。多分この話は、
雪の中を牛をつれて歩いていた女が牛といっしょに遭難(そうなん)したという伝説
が初めにあったんでしょうね。それが欠落しこのような怪異談となったんでしょう。
女性と鳥、女性と犬、女性と馬、女性と牛。昔の人って動物好きですよね。
 
 さらにこの牛つれ雪女は海に進出するんですよ(スキーヤーが夏場サーファーに変
わるようなもんですかね)。濡(ぬ)れ女と牛鬼のコンビとして出るんですよ。まず
濡れ女が出てきて子供を抱かす、そして海に消えると海から牛鬼が出てくるんです。
逃げようと思っても、子供が重くなり逃げられないというわけです。コワいですね。
冬場飲ませてた乳っていうのは、牛鬼の乳だったんでしょうか? 事件の影(かげ)
に女性あり、お化けの恋に女性ありって感じでしょうか!
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第9回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆お化けマンション騒動
 
 最近マスコミを騒(さわ)がしているのが、ある町の町営住宅に出るお化け達では
ないだろうか? 花子さん以来のとんでもない大騒ぎで、久々にワイドショーを動員
できる人気スターお化けの登場である。またその怪現象(かいげんしょう)の内容が
ふるっている。聞いたところによると、食器だなから食器が飛び出し、女のうめき声
が聞こえ、長い髪(かみ)の女性が階段に座り、子供が姿の見えない物に反応する。
さらにはコンセントの入っていないドライヤーが勝手に動き出す。これだけ多様なお
化け現象が起こるとは、しかも同時に多くの人が目撃(もくげき)しているとは、ま
さにお化け史始まって以来の快挙である。平成になってこんな大物お化けが出てくる
なんて、まだまだ日本人の心が死んでいない証拠(しょうこ)ですね。
 
 それはともかく、このお化けの正体はなんだろう。お化けの歴史をひも解いて見る
と、ある妖怪(ようかい)が浮かび上がってくる。「家鳴り」というお化けがそうだ。
これは小さいオニの姿をしていて、家を揺(ゆ)すったり雨戸をどんどんたたいたり
する妖怪である。とにかく音をたてるのが大好きな妖怪であり、欧米(おうべい)で
はポルターガイストとも言われています。
 
 仲間の妖怪では「くねゆすり」という生け垣(がき)をゆらす妖怪、「紙舞(ま)
い」という、室内で紙をひらひらと舞わせたりする透明(とうめい)の妖怪、「しず
か餅(もち)」というぺったんぺったんと餅をつく音が聞こえる妖怪、「たたみたた
き」というたたみをぱたぱたたたく妖怪、「天狗(てんぐ)つぶて」という石が勝手
に飛んでくる妖怪などがいます。しかし、この手の妖怪は普段はおとなしく、これだ
け人が騒ぐと普通は出てこなくなるものですし、ましてや、単体での出現はもっと地
味な現象しかおこさないはずです。ですから、ここまで派手で多岐(たき)にわたる
妖怪現象を起こすとは不可解なものです。
 
 この妖怪の最近の出現記録を調べてみますと、江戸時代に一部大名屋敷(やしき)
に出現した例があります。今回の例と同じく、いきなり物が飛んだり、家財道具が紛
失(ふんしつ)したり、庭に石が飛んできたりする現象が起こったそうです。祈祷師
(きとうし)などの祈(いの)りも効果なく現象は治まらなかったそうですが、ある
日ひょんな事から事件は解決したのです。
 
 それは、ある若い女性の奉公人(ほうこうにん)を里に出したことで、怪現象が止
まったというのです。これは一体どういう事でしょうか? 当時の知識人は、女性の
村の産土神(うぶすながみ)が、村から若い女性が出ていくのをいやがり怪現象を起
こしたとか、里に帰りたいという女性の無意識が怪現象を起こしたなどと言うのです
が、やはりこの女性に怪現象の原因があったのでしょうか? これは欧米のポルター
ガイスト現象にも見られる事で、女性のさびしい気持ちが怪現象を引き起こしたりし
ていたわけです。つまり怪現象には必ず若い女性が関連しているのです。これは不思
議です。若い女性の深層心理の中に何か超常(ちょうじょう)現象を起こす要素があ
るのでしょうか?
 
 そう言われてみれば、私達日本人は巫女(みこ)として若い女性を祭り上げていま
したし、邪馬台国(やまたいこく)の頃(ころ)から卑弥呼(ひみこ)という女性の
超能力に頼(たよ)っていました。日本文化の中で私達はいつしか女性の不思議な能
力に気が付いていたのかもしれません。今回お化け騒動にも何か若い女性のせつない
気持ちが関連しているのでしょうか? 今回のお化け騒動の現場でも、かつて付近で
自殺した女性がいたとか…。女性の情念は怪現象を引き起こすのでしょうか。そう言
えば、食器やドライヤーなど怪現象が起こっている物は全て女性のこだわる物ではな
いですか? ナゾはつきませんね。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハザマトシユキの「お化け大好き」(第10回)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆お化けキャラクター集合
 
 子供は、お化けとか妖怪(ようかい)っていう「いかがわしいヤツ」が大好きなん
ですね。きたないうんちの話と下品なおちんちんの話と並んでお化けの話となると子
供達は大騒(おおさわ)ぎです。そういう意味では、人間の本能的な部分とお化けは
つながっているのだと思います。
 
 そのため、まんがヒーローやキャラクターには妖怪キャラクターが多数存在します。
まず水木しげる氏のゲゲゲの鬼太郎(きたろう)、悪魔(あくま)君、藤子ふじお氏
の怪物君、おばけのQ太郎、永井豪(ながいごう)氏のどろろんえんま君、梅図かず
お氏の猫目小僧(ねこめこぞう)など個性豊かな面々の勢ぞろいだ。このキャラクタ
ーにはいくつか特徴がある。
 
 まずその出生であるが、なぜか、めちゃめちゃな貧困と、とんでもないボンボンに
大別されるのだ。鬼太郎は父子家庭で極貧、Qちゃんも卵の状態で捨て子、猫目小僧
もホームレスキッドだ。それに比べこの3人は恵まれている。まず悪魔君は大会社の
社長のご子息で家庭教師付き豪邸(ごうてい)に住む金持ちで、えんま君はえんま大
王の甥(おい)っ子で「しゃぽ爺」というお目付役が付くほどの扱い、怪物君に至っ
ては怪物ランドの王子なんです。由緒(ゆいしょ)正しい王族なんですよ。お化けの
中でも、主役になるためには極端(きょくたん)に貧乏か、極端に金持ち個性的でな
ければならないのかもしれません。
 
 また、出生の違いは別としてこの6人は何故か人間のために妖怪と戦うのです。特
に苦労人3人組は人間にバカにされても戦うんですね。鬼太郎なんかは「妖怪風情が」
と罵倒(ばとう)されてもがんばっちゃうんです。猫目小僧も文句言いながらも、つ
いつい人間を助けちゃう。Qちゃんも犬にびびりながらも、正ちゃんのためならがん
ばっちゃう。この3人が人間のために戦うのは無償(むしょう)の愛があるからなの
です。決して自分を仲間に入れなかった人間に対して恨(うら)み言もなく、懸命(
けんめい)に悪役お化けと戦うのです。
 
 あとの金持ち3人組も人間のために戦うのですが、そこには無償の愛よりも自分の
生き方の優先がみてとれるのです(さすがブルジョア)。悪魔君はとりあえず千年王
国の建設が最優先で、えんま君はおじさんのえんま大王が怖くてしぶしぶ妖怪退治を
してる状態、怪物君は好き勝手に遊んでいるうちに悪い怪物をぶっとばしてしまい結
果的に良い事をしてしまう始末。なんと極貧に育ったヒーローと違うことか。
 
 とにかく異常な出生をし、何故か人間のために戦ってしまう。それが妖怪ヒーロー
の特徴なのだ。でもこういうヒーローの姿はいつしか人の心から去ってしまうものな
のだ。悪魔君は警官に狙撃(そげき)され、鬼太郎は南の島に去る。それは夢に満ち
た子供の心から現実に支配された大人の心への変貌(へんぼう)を表現しているので
はないだろうか。ゲゲゲの鬼太郎TVアニメ第3部の最終話は大変興味深い。鬼太郎
と交流していた夢子ちゃんが大きくなってしまい鬼太郎の声や姿が見えなくなるとい
う結末だった。これは子供が触れることのできる異界との別れをうまく表現している
のではないだろうか? とにかく人間界の境界線にいる子供と異界の境界線にいる妖
怪キャラの交流は、ある意味現代の民俗学なのかもしれませんね。おっとある友人が
言っていたことを思い出しました。お化けの中で一番怖いのはお化けのQ太郎だとい
うのです。なぜかって? そりゃ毎日3食、おかわり30杯も食べられたら「怖い」
ですよね。これもとりつかれた一種なのかもしれません。Qちゃんお化け最強説?!
この不況の世の中では、笑えません。笑えません。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
11回〜13回原稿紛失
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
 第14回    感動!!妖怪ぬりかべが再確認への軌跡
                         ハザマ トシユキ
 
 子泣き爺や、砂かけ婆と並び有名妖怪のぬりかべ。悪い妖怪をその大きな体で塗りこんでこらしめるアニメでの大活躍には子供達も拍手喝采といったところでしょうか?
 さて、この「ぬりかべ」実は大変謎の多い妖怪なのです。昭和初期に柳田国男が行った民俗学の調査において福岡県の遠賀の海岸にいると記されています。また似た仲間が長崎の壱岐に「ぬりぼう」として伝わっているとも記録されています。また1960年代に丸山先生という民俗学の方が調査した際には「かべぬり」という妖怪がいると記載されているのです。そして、その後マイナー妖怪であった「ぬりかべ」は漫画家水木しげる氏によって漫画のキャラクターとして抜擢され、一躍スターダムにのしがったのです。「ぬりかべ」「ぬりぼう」「かべぬり」これは「とおせんぼ妖怪」は、どこに伝承されていた妖怪なのでしょうか?
 実は平成に入り、私を含め民俗学の研究家は、こぞって柳田国男の研究「妖怪談義」「遠野物語」を再調査しました。すると意外にも民俗学の大家柳田国男にも聞き間違い、誤字、誤認などが出てきたのです。(弘法も筆の誤りですね)
 そこで、私達研究家は、「ぬりかべ」の伝承の確認に入ったのです。ですが、伝承がないのです。遠賀どころか、福岡県中どこにも「ぬりかべ」系の妖怪の伝承がないのです。こういう状態が何年も続きました。研究家の中には「ぬりかべは柳田氏の誤認説」「あるいは伝承者は絶えてしまった」と唱えるものも出る始末でした。私達が子供の頃から慣れ親しんできた大好きなヒーロー「ぬりかべ」は架空の伝説だったのでしょうか?どこかに
「ぬりかべ」を伝説として語り継いでいる「ぬりかべ」の里はないのでしょうか?
 ですが、お化けは我々を見捨てませんでした。突如「ぬりかべ」は私の前に姿を現したのです。ある日、九州の友人から電話がありました。私の貴重な情報網です。彼が言うには「大分の臼杵に妖怪で町おこしをしている人がいる」との内容でした。早速検索エンジンで調べてみると「臼杵ミワリークラブ」というグループでした。地元のお化け伝説で町おこしをしているというものでした。そして、私は彼らが作っているという土産物リストを見て愕然としました。なんと「かべぬり」の絵はがきがあったのです。早速「臼杵ミワリークラブ」に電話をしてみました。「これって臼杵に伝わっている妖怪ですか?」「ええっそうです。かべぬりの伝説は市内にもたくさんありますよ」ついに再確認されました。丸山氏が調査をしてから40年ぶりに「かべぬり」が再確認されたのです。幻ではなかった。柳田民俗学は嘘ではなかった。私は感動で受話器を持つ手がふるえました。
 同族の仲間がいるなら、ひょっとしたら「ぬりかべ」もいるかもしれない。そう思った私は、「臼杵ミワリークラブ」のSさんに調査をお願いしました。すると続々と「ぬりかべ」の資料が出てきたのです。残念ながら柳田国男がかつて聞いた福岡での伝承ではなかったが、同じ九州の大分で再確認できたのです。私はこの喜びを「絶滅したアホウドリを再発見した鳥類学者のような感動だ」と妻に話したのですが、「そういうあなたは妖怪アホウドリ」と言われてしまいました。嗚呼、妖怪道道けわし!!ぬりかべならぬ、世間の壁は厚し!!
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
第15回 お化け大好き〜謎の豆腐小僧を追え!
                             ハザマトシユキ
 最近、妖怪ファンの間でも話題なのが豆腐小僧である。様々な意見が出ている。そこで今回私(間 敏幸)の豆腐小僧に関する推理を展開してみたいと思う..
 まずは、豆腐小僧のキャラクター設定(?)を以下に列記する。 雨の降る夕方や夜にでる。5〜6才の子供にみえる。大きい頭に大きな笠をかぶっている。そして豆腐小僧は安永年間(1772〜1781)に突然本に登場するのである。これが最大の謎である。
 妖怪仕内評判記」安永6年(1777)に登場するのが最も古いと言われている。ちなみに作者は著名な恋川春町であある。文中の記述でおもしろいのは、「目をパチパチさせ、人のあとをついて送る」とある。しかもイタチが化けたものとしている。
豆腐小僧の謎を整理してみよう。
 1,何故、安永年間に突如登場したのか?
 2,一つ目の傍流なのか?豆腐小僧は豆腐小僧で独立して派生したのか
 3,「鯉」と「酒のとっくり」という豆腐小僧の衣装の柄は何を意味する。
私が以前聞いた他の方の仮説では、恋(こい)に酒(酔う)、つまり(こうよう)
という洒落で紅葉豆腐の紅葉とかけているのだというでは何故安永に出てきたのか?安永の社会背景を見る。
1774年(安永3年)京・大坂で大洪水、1778年(安永7年)伊豆大島噴火
1780年(安永9年)関東で洪水
江戸時代を通じて天変地異はあったが、安永は特に洪水の被害が全国であいついだようである。
 また安永の頃、流行ったもので、今回の豆腐小僧に関するものが2つある。「豆腐が庶民に食べられ始めた事」「石燕の妖怪本出版」の2つである。
 つまり、安永年間は天災により不安な部分もあり、豆腐料理が評判になり庶民に普及、そして石燕の本の好評により、妖怪ブームが訪れていたのだ。そんな中、豆腐小僧は生まれたのだ。
 さらに、古来「豆」とは、息災の「まめ」に通じるところから、除魔の働きがあるとされてきた。結果、同じ大豆から作る豆腐は魔よけに効果があると信じられた始めたのだ。 以下私の推理であるが、やはり豆腐小僧は豆腐の商業戦略上のキャラクターではなかったのではないだろうか?豆腐は京都から全国にひろがっている。また豆腐ブームを起こした「豆腐百珍」は大阪での出版である。それに商人の町大阪は今でもキャラと商売と結びつけて販売する傾向がある。「くいだおれ人形」しかり、「かに道楽」のかに人形しかりである。
 つまり、豆腐小僧も食い倒れ人形のような販売促進キャラではなかったのか?そのキャラの正確設定として「豆の作用により、除魔の効果がある」というPRと、豆腐小僧というかわいいキャラで販売拡大していったのではないだろうか。
 そして、そのキャラが豆腐ブーム、妖怪ブームで大受けに受け、黄表紙や芝居に採用され、いつしか販売促進キャラから、キャラクター妖怪へと変わっていったのではないかと推理できないだろうか?現代におきかえれば、1960年代以降パン食を促進したパンのキャラ「アンパンマン」と同じような扱いだったのかもしれない。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
お化け大好き16回〜小泉八雲の雪女の舞台はどこだ!
                                                   ハザマトシユキ
  小泉八雲の「雪女」。怖くて物悲しいこの物語は、稀代の名作だが、その舞台がどこであったのか知る人は少ない。八雲が発表した原文には具体的な地名が記載されているのだが、何故か日本語に訳され、逆輸入する際にその地名の入ったオープニングがカットされてしまったのだ。その幻の地名とは「西多摩郡調布村」、今でいう「東京都青梅市」であったのだ。
 まさか東京都が雪女の舞台であるわけじゃないだろう。そう考える人は多い。多分訳した方も、八雲は外国人だから勘違いしたのだろうと思ってあえて地名をカットしたのかもしれない。でも今から100年東京都の青梅を含む三多摩地方は豪雪地帯であり、ひどい時など2階からしか、出入りができない程の積雪だったのである。そう東京都西部は雪女の潜む雪国だったのである。
 このように八雲が文章内で、当時の豪雪地帯の調布村(青梅市)をあげても、その調布村という地名設定そのもが、八雲の創作ではないのか?という疑念を抱く人がいるかもしれない。でも考えてもみれば、ストーリーとして雪女の出る場所を設定するなら。いくら豪雪地帯の調布村といえども、普通は雪の本場東北や北陸に設定するのが普通ではないだろうか?
 さらに、雪女の舞台が調布村という設定を証明するには八雲が調布村の人物と接触した証拠があるのか?さらに調布村に雪女の原話があるのか?というのが焦点になってくると思う。それを説明していきたい。まず八雲と調布村の人物の接触であるが、実は八雲家に出入りしていた奉公人に「はな」という若い女性の名前が見える。さらに「はなの父親である惣八」も八雲家に頻繁に足を運んでいるのである。ここで考えて欲しい。そう何人も奉公人のいなかった小泉家で、主人と奉公人の間で怪談の話がされていないとは思えないのだ。あれだけ自分の奥さんに怪談話を聞きまくった好奇心旺盛な八雲の事である自分の奉公人に故郷に伝わる妖怪談を聞いた事は否定できないと思うのだ。
 更に、当時の調布村に雪女の原話のような話があったのであろうか?この原話探しに奔走した私と仲間はある人物にたどりついた立川の民俗学会の会長である三田鶴吉翁である。民俗学の研究家であり、自らも調布村の出身で語り部である翁のインタビューでついにその裏がとれたのである。なんと当時浜野さんという好事家がかき集めた調布村の怪談本の写本をなんと三田鶴吉翁自身が戦前に行なっていたのである。多くは戦争で失われたのであるが、内容は鶴吉翁がはっきりと記憶され証言したのだ。しかも原話と八雲版との違いまで指摘したのである。その違いとは、木こりではなくソマであるという点、雪女の生んだ子供の数が10人ではなく、原話では人数が語られてない点である。
 つまり、平野氏という幕末に生まれ明治30年代に青年団(40才までは青年団)であった人物が採集し、記録していた怪談の中にその雪女の原話があったのだ。(三田氏の証言)そして同じ明治30年代に小泉家の奉公人であった「はな」も、近在や青年団で話題になった明治の都市伝説雪女に触れたことであろう。雪女は東京都民であったのだ!
 
ハザマトシユキの妖怪サイトができました!
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/    妖怪専門サイト〜妖怪王
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
第17回  おばけ大好き〜河童英雄伝
                                          ハザマ トシユキ
 今日は河童の話をしましょう。まずは日本における河童のはじまりですね。それでは河
童というものはどこから日本にやってきたのでしょうか?なんと彼ら海を泳いで日本にや
ってきたんですね。その証拠に九州に河童渡来の碑があります(笑)てっきり河童って淡
水だと思ってませんでしたか?実は違うんです。河童は淡水でも、海水でも適応可能なん
です。以外と応用力あるでしょう。実際に海で河童がとれたという記録もあるんです。
 そして、九州を起点に河童は日本中に広がっていきました。ザリガニや、ブラックバス
が日本中に広がったようなものですかね(笑)当然、繁殖すると河童の中でもグループが
出てくるのは当然のことです。中には数千匹の子分を従えた河童の大親分も出てきました。
九州の親分は配下の河童が九千匹いると言われた「九千坊親分」、そして関東代表は利根川を根城に睨みをきかす「ねねこ親分」、このねねこ親分はなんと女なんですね。しかも「九千坊親分」より「ねねこ親分」の方が強いと評判だったらしいです。う〜ん、河童の世界も女性は強いですね。あと佐渡には「一目入道」という変わった河童がいました。頭に皿が大きな目玉になっている奴で随分幅をきかしたみたいです。
 当然、河童も数が増え、グループが増えてくると発生するのが、勢力争いですね。「九千坊親分」の子孫の河童は、ペルシャから渡来してきた「ペルシャ河童」と言葉が通じず、
戦いになってしまいました。いつの時代も権力者の争いに庶民、いや庶河童はまきこまれ
るものです。当初「九千坊」軍団は押されに押されますが、奇跡的に盛り返し、「ペルシャ河童」を撃退し、「ペルシャ河童」は有明湾のいそぎんちゃくになったという伝説があります。また天狗と喧嘩した河童もいます。「千年河童」という猛者で、彼は強豪選手天狗と引き分けています。
 さらに、時代がすすむと河童も社会問題を考えるようになってきます。「世直し河童」と呼ばれた河童界の論客は、徳川幕府の政治を批判して庶民の喝采を得ました。なかなか小気味の良い河童君ではありませんか。また昭和に入ってからは、川の水の汚染を指摘した河童がいました。目にみえないが有毒なものが入っているので、もうここには住めないと言って河童を去っていったそうです。有毒な物質が検出されたのはそれから間もないことだったそうです。
 それから、時代は昭和から平成となり、河童達が謳歌した自然もなくなり、コンクリー
トに塗り固められた川岸には、バス釣りの親子が見られる昨今となりました。もはや不気
味な沼もなく、蓮華の咲く川岸もなく、人間のエゴというものに支配された自然しかあり
ません。あの日の河童たちはどうなったのでしょうか?河童の姿を見ていると、どこか人
間の姿とだぶります。いや、ひっとしたら、人間は自然とたわむれる人間の心、そのもの
だったのかもしれません。つまり、自然を愛する私達の良心の権化が河童ではなかったの
ではないでしょうか?では、その河童が目撃されなくなった今の私達日本人の心は、どう
なっていくのでしょうか?そういう自然への愛情がなくなっていくのでしょうか?私は
時々、川べりに座って、河童を信じていたあの少年時代を思い出すのです。また河童にあ
える日がくるのでしょうか?
 
妖怪サイト「妖怪王」http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
第18回   お化け大好き〜お化けのシーサイド
                           ハザマ トシユキ
 
 夏が終わりましたね。海水浴客で賑わった浜辺も今は秋の入口で閑散としています。人で賑わった後の歓楽地程無気味なものはありません。そこには何とも言えぬ無気味なムードが漂っているのです。
 当然海にも多くの妖怪達がいます。今日は海のお化けのお話しをしましょう。海の妖怪で一番有名なものはやはり「海坊主」ではないでしょうか?巨大な体で突如船の前に出現し威嚇する海坊主は怖いものです。この海坊主は魚類の怨念が固まったできたとも、海で亡くなった方の霊が化けたとも言われています。最悪の場合、船をひっくり返すというのですから、星一徹のような暴れぶりです。只、海坊主の会わないようにするには忌み日に海に出ない事です。それを破った漁師などを威嚇するのですから、ある意味、否は人間の方にあるのかもしれません。
 海坊主とならんで有名な海の妖怪には「船幽霊」がいます。これは聞いてのとおり海に出る幽霊で、集団で現れては「柄杓をかせ」と大騒ぎをします。でもそこで貸してはいけません。あっという間に海の水を船に入れられて沈没させられてしまいます。彼らはそういった意味では「海坊主」より凶暴です。時には幽霊船をあやつり、体当たりしてきたり、レースを漁船に挑み負けた船を沈めてしまうような事もやります。まさに海のギャングです。妖怪も大勢だと気が大きくなるんでしょうか?集団心理の怖さもありますね。
 また変わった奴では「海ふさぎ」という妖怪もいます。これは海に出るぬりかべのような妖怪で船の進行を止めてしまうのです。また「影わに」という妖怪も要注意です。海面に写った人間の影を食べてしまうのです。影を食べられた人間は恐ろしい事に命を落としてしまうのです。「ささえ鬼」もいます。海のグルメは最高なんて言っている場合ではありません。この「さざえ」は人に食われるどころか、人を食ってしまうのです。いや食材だけではありません。料理自体が妖怪になる事もあるようです。ある「なます」好きの節が浜辺で魚介類をいろいろ料理して、なますとして食べていると、なんとその「なます」が人の形になっておそってきたというのです。料理が妖怪化するんですよ。料理が!!
幸いこの武士は妖怪を撃退したようですが、もし切られていたら、「なます」に「なます」にされたなんていう洒落にもならない状態になりますね。
 また「人魚」も要注意です。一見、か弱い乙女に見えますよね。それがなかなかの策士なんですよ。人魚の中にも悪い奴はいるようです。涙を流して命乞いをした人魚を気の毒に思い海に逃がしてやった心やさしい漁師がいました。普通なら感謝しますよね。それがこの人魚さんは、漁師に向かって、沖合から「人魚を売れば指1本でも千両で売れたものを、このお人好しが〜」と罵倒したというのです。命の恩人に言う言葉でしょうか?敬語の使い方も知らないようです。この人魚、やや性格に問題があるようです。でもこういう奴ほどのさばるんでしょうね。
 海は今も妖怪達を生み出しています。海は生物の母であり、民俗学の母のようです。かつての竜宮信仰のように私達日本人は海の向こうから幸せも不幸もくると思ってました。遙かなる海の向こうに、かつて原日本人の故郷があった名残でしょうか?秋のシーサイドはお化けだらけですぞ。
 
 
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
  お化け大好き19回
      妖怪100年説                 ハザマトシユキ
 妖怪がもし、お祭りや、史跡、書物や絵画などに記載されないで、口頭による伝承だけで伝わった場合どのくらいの期間、残るのでしょうか?私は、実際は100年ぐらいを目安にどんどん消えてんじゃないかと思っているのです。
 つまり100年をローテーションに、既存妖怪が消えて、新型妖怪が現れて、世代交代してるんじゃないかと思うんです。そして、そのひと世代、つまりワンクールに同時存在できるのが、妖怪を共有する人間のキャパとして千体なのかなと思っているのです。つまり水木しげるさんが言っている妖怪感覚で言う1000体はそのキャパとしてのリミットなんでしょうね
 私は幕末ネタが好きで、よく関連書物を読んでいるんですが、龍馬や武市が口語で話している幕末の土佐弁が現代訳なしでわかります。
祖母と過ごした時間が多かった為、古い四国方言を聞いて育ちました。ですから
「どびる」→「腐る寸前のふよぷよした状態」
「ほたえる」→「大声で騒いだり、やかましくすること」
「あぎ」→「あご」 「おいど」→「おしり」という言葉が無理無くわかります。
 また、祖母から聞いた妖怪談「金長は現実にいた渡世人説」「おっぱしょの話」なども幕末あたりの話だったようです。つまり祖母は自分の祖母、祖父から聞いた話を、孫の私にしてたわけです。私にみたいにまめに記録したりする人は別として、普通自分に孫ができた時、話してやれる最古の世間話(妖怪談)はせいぜい自分の祖父母から聞いた話ですよね。
 つまり、人間が2代あとの孫にしゃべってやれる話は自分の2代まえ。つまり孫から
見ると5代前が限界じゃないでしょうか。よく家系図とかつくるのでも、せいぜいばあちゃんのばあちゃん、つまり5代前あたりが限界かなと思っています。ですから現代の人が直接伝言ゲームとして受け取れるのは、自分の祖父母の祖父母が限界なんです。それ以上世代がはなれると、違う内容になっていきますね。
 ですから妖怪の伝承も5代×25年=125年、しかし妖怪の目撃者が25歳のときに目撃したのなら、5代目が25歳になる頃には100年後になっている計算である。自分が体験した妖怪談を孫に話した、孫がのちに孫に話し、妖怪談は100年はほぼ原型で保管される。こんな具合です。
 さらに本来であれば、100年後には口伝えでの誤認によって違う妖怪に変化したり、他の妖怪と合体し新妖怪になっているか、まったく消えているかという流れで妖怪は入れ変わっていくはずでした。
 ですが、この100年は記事になったり、記録されたりして口承では消えた妖怪もペーパー上では残ってしまっています。ましてや柳田さんのおかげで本来ならこの10年で消えていたはずの妖怪が資料とされてしまいました。
またこの30年間では私たちのような妖怪好きが消えてしまう運命にある妖怪や妖怪談を保護したり、出来が悪くすぐ消えるべき妖怪も保護したりしてしまっています。
さらにネットで妖怪情報が交換され、数人しか認知してなかった妖怪も妖怪愛好家の間ですぐ広まってしまっています。それでついに妖怪の種類が4000種近くに膨れ上がってしまったのです。まさに妖怪人口爆発の時代なんです。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
弟20回  お化け大好き〜狐・狸は何故化かす!
                                                 ハザマ トシユキ
 いやはや早いものでこの連載も20回目を迎えてしまった。大体月1回のペースで書いて1年8ケ月である。我ながら、お化けの話がいくらでも出るものだと、関心してしまう。これだけ話しても、話したりないなんて、時々自分こそがお化けなんじゃないかと疑ってみたくなる事がある。
 さて、お化けの側の心理という事を友人から指摘を受けた。つまり、私達がお化けに化かされる。おどかされる。といった人間側の被害心理しかみてないが、実はお化けの側にもお化けの理由があるんじゃないだろうかというものである。友人が言うには、小泉八雲の雪女を例にあげ、現状では人間側(つまり、巳之吉側)が雪の夜に、仲間を殺され、怖い口止めをした化け物としている。しかしながら、実は、雪女は倒れていた巳之吉の仲間の、最後をみとっただけで、殺してはおらず、あれは「お化けを悪者」にする人間側のエゴだというのです。確かに雪の夜に老人が、小屋に泊まれば凍死するだろうに、それをいちいち雪女のせいにするな、むしろ、巳之吉は、雪女のおかげで目が覚め、凍死から命を助けてもらったんじゃないかというのです。なるほど、私達は今までお化けを語るのに人間側の視点でしか見ておらず、お化け側の視点などは全然考慮に入れてなかったのです。お化けからしてみれば、よっほど人間の方が悪魔なのかもしれません。
 そんな事を考えていると、狐狸の類が、何故人間を化かすのかも、わかるような気がしてきました。あれはひょっとしたら自己防衛なのかもしれません。つまり、何もしないと人間というエゴイストが自分の住処や、環境を破壊してしまうから、仕方なく人間に応戦していたのかもしれません。言い換えれば、スカンクがピンチになったりすると「臭い一発のおなら」をお見舞いするように、人間に追いつめられた狐狸が「幻覚を見せる臭わないおなら」でもするのかもしれません。その証拠に、第三者から見れば、化かされている人はたんぼの中で寝転がっていたりするわけですし、煙草をすって腰をすえると化かされないとも言われているのです。それにそもそも、その化かされた人にしか、その化かされた風景は見えないのですから、「幻覚おなら」での防戦も充分に予想されます。
 或いは催眠術かもしれません。一流の催眠術師によって術をかけられている人はまるで操り人形のように、振り回されます。追いつめられた狐狸が、気体、液体、音響を人間に与える事により混乱させている事が、俗に言う「化かす」という事なのかもしれません。 まあ、幻覚なのか、催眠術なのかは不明にしろ、自然界における種の防衛という事で、外敵に幻覚を見せる能力が動物に備わっていても不思議ないわけです。かつてはそうやって人間の攻撃に応戦していた狐狸も人を化かさなくなりました。なんと、昭和30年代の動物園の狸の飼育係が言うには、園の中でも度々職員を化かした狸がいたそうです。それが今やどうですか。狐狸談義などは、まったく耳にしなくなりました。これは、狐狸に反撃すら許さず、人が環境を破壊しているからではないでしょうか。いや、環境ホルモンなどの自然界に廃棄、放出された悪性物質の為に動物すら悪影響を受けているのかもしれません。狐狸と人間が、騙し騙されてた頃の日本は、自然と人間のバランスがうまくとれていたのではないでしょうか。人間の一方的な自然への支配、それがお化け側からの防衛、応戦を拒んでいるように思えます。狐狸も言っているかもしれませんよ。もうこりごり(狐狸狐狸)だよってね。
 
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
  第21回〜お化け大好き  ニライカナイの浦島太郎
                             ハザマトシユキ
 我々、日本人にとって最も親しみのある昔話のひとつに浦島太郎があります。浜辺でいじめられていた亀を助けた浦島太郎が、そのお礼にと竜宮城に招かれ、楽しく過ごすものの、急に寂しくなって故郷に帰ってみると何百年も経っていたというものです。なんとも不思議な話で、誰しも心に残っているお話です。
 一部のミステリー研究家は、アインシュタインの相対性理論を使いこう説明しています。宇宙人(?)によって、拉致された人間が、宇宙空間を宇宙船で光速状態で過した為、地球との時間流れと宇宙での時間の流れに差が生じて、宇宙空間においては、ほんの数年が地球上では何百年も経っていたのである。そして、この経験を昔話として、古代の人が伝えたのであるというのです。まあ、これの説が本当かどうかは別にして、この手の時間の流れによる差異を「ウラシマ効果」と呼んでいるのは事実です。
 さて、科学的考察はこのあたりにして、何故、人がこういう「海の向こうの楽園」という思想をもったのか。民俗学的に考察してみたいと思います。日本国内には多くのウラシマ伝説が伝わる場所があります。遠く沖縄にも海の向こうの楽園「ニライカナイ」という考えがあります。
 元来このタイプの海の向こうに楽園があるという思想はアジア全体にあります。中国では、東海の島に仙人の住む蓬莱山があり、そこには不老不死の仙薬があるという考えがありました。この蓬莱山というのは多分日本の富士山と推測されるのですが、秦の始皇帝は、真剣にこの伝承に取組み、徐福以下数千名を大船団で日本に派遣したといいます。
 また、パプアニューギニアのューブリテン島、インドネシアのケイ諸島にも同様に海の向こうの楽園という考えはあったようです。
 やはり、アジアの特に海に面した地域の人間には、「海を越えて新天地に行こう」という遺伝子があるのかもしれません。アフリカから人間は始まったと言われてます。するとアジアにいる人間とは、最も多く海を越え、膨大な陸を超え現在の場所に定着したものの子孫だと思います。そういうかつての先祖の遠い記憶は海の向こうのロマンへと人々を掻き立てるのでしょうか。さらに人々は「海の向こうにいけば、いつか、あの約束の場所へいける」と思う事により、日々の苦しみ、哀しみを乗り越えてきたのかもしれません。ある意味、庶民の心のスケープゴードだったのでしょうね。
 ちょっと視点をかえて、心理学的に考察してみると、胎児の頃の記憶なのかもしれません。気がついたら母親のお腹の中にいた上、ぷかぷかと羊水につかっていた胎児の時代、人はあの一番安楽で一番幸せだった羊水時代の、胎児の記憶から、水の向こうの桃源郷を創造したのかもしれません。一度、この世に生まれてしまえば苦労の連続ですから、本能的にあの頃に戻りたいと思っているのでしょうか。おやおやそうすると、ユングではありませんが亀というのは妊娠に随分関係のあるものでは?あっいやこれ以上突っ込むのはやめましょう。
 しかし、ひとつだけ気になる事があります。それは何故、乙姫がたまて箱を渡したのかという事です。一体これはどういう意味なんでしょうか。私が思うにこれは「いつまでも、夢ばかりみていると老人になってしまうよ。おまえにとっての桃源郷は家族がいたこの浜辺だろう」という自戒を促す為に、たまて箱をもたしたのではないかと思うのです。だとすればかなりシニカルなエンディングではないでしょうか。あなたも今、身の回りにある幸せの良さに気づかないで、遠くの幻のような幸せを夢みてないですか。幸せの竜宮はいまそこにあるのです。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
お化け大好き22回   
               人魚のロマンス           
                          ハザマトシユキ
 
 皆さんは、人魚を知っていますか?上半身が人間で、下半身が魚という不思議な存在です。この人魚、竜(ドラゴン)と同じく世界中に伝わる妖怪界でもインターナショナルな存在です。西洋にも東洋にも同じような姿で、伝えられる事実は興味深い事です。まるで本当に人魚のような生物がいるかのごとくです。今回は、その人魚の存在?についてロマンたっぷりに語ってみましょう。
 人魚ほど世界的に有名な妖怪はいないでしょう。西洋では人間の女性に化けて、若者と恋に落ち、最後には消えて無くなったりしています、中国でも滋養強壮の食材とされ、日本では、人魚の肉を食った女性が800才も生きたという八百比丘尼の不老不死伝説すら存在しています。江戸時代には、見物小屋で「人魚のミイラ」と称するものが出され、何度が評判を呼んでますが、実際には、大型の魚と猿のミイラをうまく合成したものであったようです。おもしろい事に当時、オランダなどに日本から輸出された品物のリストに「人魚」があるのです。当時から精密な加工品は日本のお得意芸だったのかもしれません。
 また、人魚の超能力は、その肉が不老不死の妙薬というもの以外に、海の波浪を自由にあやつれるというものがあります。人魚を捕まえたり、殺したりすると大波が襲ってきたり、海が荒れたりすると言われてます。意外に邪悪な部分もあるようです。
 もし人魚が存在するとするなら、人類に近い種族であるはずです。つまり、猿人から現代人にいたる進化の過程で、海底人類なるものが分化したはずなのです。果たしてその可能性はあるのでしょうか?
 私達人類の進化を大幅に推進したのは、二足歩行の達成によるところが多いようです。つまり、二足歩行が実現した事により、手が自由になり、道具を使う事を覚え、脳が急速に発達したというのです。俗に人類は、草原などで二本足歩行をしたと言われています。これは「サバンナ説」と呼ばれるものです。この「サバンナ説」に対して、やや異端の仮説が「アクア説」と呼ばれるものです。この説によると人類は海で二本足歩行に成功したというものです。具体的に述べると、海辺は海産物など食料も多い上、肉食獣に襲われた場合も海の中に逃げ込めば安全です。そのような点から、猿人の多くは海辺に住んでいたようです。そのうち、海中における浮力の存在に気づいた猿人が徐々に二足歩行に成功したというのです。どうでしょうか。なかなか説得力のある説ではないでしょうか。
 そうですそこで二足歩行に成功した人類は草原に帰ったものの、一部の人類は海中に住処を求めていったというのです。それが海底人類「人魚」の発生の原因となったと言われています。今でも海底には私達の親類が棲んでいるのでしょうか。
  それにしても、人類は何故人魚が好きなのでしょうか。人は母親のお腹の中にいるときに、水に浸かった状態で過ぎしています。聞くところによりますと、胎児時代とは、なんとも心地よい水中ライフらしいのです。ですから、人間は本能的に水中に安住を求めてしまうのだそうです。だとしたら、ある意味、人魚とは、人の胎児時代への望郷の念が生み出した存在なのかもしれません。
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
第23回   お化け大好き〜阿倍晴明 
                           ハザマトシユキ
 今や世の中は安倍晴明ブームです。みなさんはこの陰陽師安倍晴明についてどのくらい知ってますか?晴明の生地は、大阪、香川、茨城の3つの説が有力です。父は安倍益材(ますき)という中級の貴族で、母は葛の葉という化け狐とされます。一説には晴明の能力は母の化け狐の力を受け継いでいるとの説があります。(これは伝説でしょうね)そして、その類稀な才能に磨きをかけるため、賀茂忠行の弟子となり、陰陽師としての修業に入るのです。
 少年時代から、晴明は見鬼として実力を発揮していたようです。見鬼とは妖怪・霊など異形の者をみる事のできる能力者の事です。現代でいうと霊能者って感じでしょうか。師匠の忠行の車に同行した時に、少年晴明は目前に迫る、百鬼の群を霊視し、師匠の危機を救った事もあります。忠行も晴明の非凡の才に惚れ込んだようで、本来であれば一子相伝の陰陽道の奥義を実の息子の保憲と、弟子の晴明に分け与えるのです。
 それ以来、晴明の超人的な活躍がはじまります。宿敵蘆屋道満との決戦は最も評判になったされます。箱の中身をあてる術比べを行ったり、道満が晴明の父を殺害したり、二人の対決は熾烈を極めました。最終的には、道満は藤原道長の呪い、その陰謀を晴明によって見破られ、播磨国に流罪となってしまうのである。晴明の前にやぶれ、蘆屋一族は播磨に移り住んだのです。
 またある時は、こんな大妖怪の犯罪を明らかにしたこともあります。某貴族の娘が行方不明になったのを一条天皇が晴明に占わせたところ、大江山の酒天童子の行状が明らかになったのです。また宮中をその美貌で破滅寸前まで追い込んだ大妖怪「九尾の狐」の正体を見破ったのも晴明の生まれ変わりと噂された子孫安倍泰成であるのです。どうですか、まさにスーパーマンこのように、縦横無尽に霊能力を駆使するのです。
 特に、陰陽道において最も困難な術である「秦山府君祭」という瀕死の人間を生き返らせる究極の術させ使用したと言われていますし、道満に命を奪われた自分の父を蘇生させた事もあります。
 晴明の能力で大きなウエートを占めるのが式神です。彼は12神将を式神として使役したと言われます。式神とはなんでも言うを聞く 召使いのような目に見えない存在の事です。この目にみえない式神が晴明の屋敷では扉を開け閉めするので、大層怖れられたと言います。986年(寛和2年)に藤原兼家の策略で密かに花山天皇が天皇の位から降りて晴明の家の前を通りがかったところ、「花山天皇が譲位されたようだ」という声が晴明邸から聞こえたと言われています。全てが晴明にはお見通しだったのです。一説には妻が不気味な式神を恐れたので、一条もどり橋の下に隠したという意外にも恐妻家の面もあったようです。また一説には密教僧が使う護法童子すら使役したといいますし、晴明の家に力試しにきた。民間の陰陽師の式神を隠してしまった事もあったようです。他人の式神を隠す事など並の陰陽師ではできなかったとされています。
 晴明はその後播磨守に任命されて、播磨国に赴任します。かつてにライバル道満がいる播磨国です。現在の兵庫県ですが、その佐用町に道満塚が残っています。そして谷をはさんで晴明塚がたっているのです。死してもなお二人はそれぞれの理想で戦っているのです。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
第24回    お化け大好き〜今年はU・M・A・年
                                    ハザマ トシユキ
 みなさん、今年はUMA年ですね。いや失礼、馬年ですね。かくいう私も年男で36才となります。江戸時代には妖怪扱いされた「丙午(ひのうえうま)生まれ」であります。今回、それにちなんでUMA(うま)ではなくて、UMA(ユーマ)のお話です。ではUMA(ユーマ)とは一体なんでしょうか?これは未確認飛行物体をUFO と呼ぶことに対して作られた呼称で、未確認動物の事なのです。
 未確認動物と言われて首をかしげる人もいるでしょうね。未確認動物とは、イギリスネス湖に棲むというネッシー、ヒマラヤに住むというサスカッチ(雪男)などの事をさすのです。日本で言えば、池田湖のイッシーや、比婆山のヒバゴン、ツチノコや、漁船の網にかかったニューネッシーなどがそうです。これはある意味、現代の妖怪とも言えるわけです。何故なら池田湖には「龍神伝説」があります。また比婆山には人の心を読む毛だらけの怪物「サトリの伝説」があります。さらにツチノコは「バチヘビ」「土転び」などと呼ばれ妖怪視されてきました。ニューネッシーに至っては、海に現れるうなぎのように長い怪物「あやかし」や、巨大な怪物「海坊主」などと関連あるのではないでしょうか。つまり、明治ぐらいまで妖怪扱いされてきた謎の怪物が、現代らしく、生物学っぽく名前を変えたのが、UMAなのです。
 このUMAって本当に実在するのでしょうか。確かに近年ではイリオモテヤマネコやヤンバルクイナが見つかっています。また、数億年前に滅亡したはずのシーラカンスも生き残っていました。(アフリカで発見されたのですが、実はインドネシアがメインの住処らしく、インドネシアでも近年大量に捕獲されています)極端な例では、あの動物園の人気者ゴリラでさえも 20世紀初頭に確認されるまで「魔獣」とされ怖れられていたのです。
 いくら科学が発達したとはいえ、まだまだこの地球には未知の生物がいても不思議ないのです。そんなUMAの仲間たちの珍しい奴をいくつかご紹介しましょう。まずは空中を回転しながら高速で飛ぶ謎の飛行生物「スカイフィッシュ」、最近インドで3000人を襲い暴れ回った「モンキーマン」。毛だらけの獣人だそうです。あと米国を震撼させた空飛ぶ怪物「モスマン」。まるで人間と蛾のハーフのような生物で空を高速で飛ぶと言われています。さらにアフリカ代表は「ピグミー象」1.5〜2mのかわいい象。現在では絶滅したと言われていますが、群をなして生き残っているという説もあります。また、日本では中禅寺湖の怪物「チュッシー」。やや名前に無理がありますが、かなり強烈なUMAです。まるでワニか、サンショウウオが強大化したような怪物で湖底を歩き回り、ダイバーを何度も襲った怪物らしいのです。さらにイリオモテヤマネコの西表島には、もう一種ヤマネコがいると言われています。なんと1m以上の豹のような巨大ヤマネコがいるというのです。その名も「ヤマピカリヤー」。山の中で目玉が光るという意味です。これなども化け猫そのままではないでしょうか。どうですか。この世界にはまだまだ怪物といわれる謎の生物はいるんですね。そんなUMAが住める地球。そんなUMAを信じられる夢のある地球。今年はUMA年です。そんな地球にしたいものですね。
PS なお現在発売中の学研ムー5月号に山口敏太郎「雪女は青梅に実在した!!」が掲載されています。 お化け大好きの雪女エッセイを発展させた内容です。みなさんもご覧になってくださいね。
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
第25回  お化け大好き「100キロ婆はしなやかに」
                       山口敏太郎(ハザマトシユキ改め)
 
 現代妖怪にも様々なキャラがいる。「口裂け女」「人面犬」「花子」などのメジャー妖怪はともかく、「三本足のりかちゃん」「かしまさん」「人面カラス」「まりつきじじい」「すきま女」「ベットの下のかま男」「たんつぼ婆」などマイナーな現代妖怪も沢山生まれては子供たちの心に住み着いています。
 その中で特にユニークな妖怪が「100キロ婆」です。100kgの体重をもった太った婆ではありませんよ(笑)100キロという高スピードで走るお婆さんです。どうです?凄いでしょう。
 100キロ婆の基本的な怪談はこんな感じです。
「深夜 ある人が自動車を運転していました。そしてある信号で赤信号にひっかかってしまい停車しました。すると、気味の悪い老婆が、車にじわじわと近づいて来ます。怖くなったその人は車を急発進させました。しばらく、車を走らせると、その老婆の姿はみえなくなりました。その人は安心しました。まったく気味の悪いバアさんだったな。さらに走るとまた赤信号にひっかかってしまいました。その人は仕方なく車を止めました。そして、ふと横を見ると、なんとあの婆さんがいるのです。何故あの婆さんがここにいるんだ。運転をしていたその人は恐怖のあまり再び発進させました。するとその老婆が車のあとを追いかけてきます。もの凄いスピードです。車が100キロのスピードをあげているのに、バアさんは車と併走しています。そうです。このおばあさんは、100キロ婆だったのです」
 どうですか?みなさん、この「100キロ婆」は素敵でしょう。怖い話ですが、どこかユーモラスなものがありますね。つまり憎めない妖怪って奴です。
この妖怪はどうして生まれたのでしょうね。多分、成立の背景には現代というスピード社会、或いは車などの機械中心の文明社会の中に取り残された老人の無念があると思われます。つまり、現代において弱者である老人が機械やスピードに復讐するというモチーフがあるのでしょうね。
  この「100キロ婆」は、どんどん今も進化しています。最近では100キロではものたりなくなったのでしょうか。「ターボ婆」という名前に進化しました。まるで車のモデルチェンジです。またさらにスピードアップして「ジェット婆」というものもいます。ここまできたら自動車じゃなくてジェット機です(笑)またスピードだけではなく場所を限定する「100キロ婆」も生まれています。「首都高に出るダッシュ婆」「渋谷にでる100m婆」つまり、渋谷で100キロで走ったら通り抜けて青山まで行ってしまうかもしれません。そこで100mのみ走る限定の徒競走妖怪が生まれたのです。どうです?逞しい妖怪じゃありませんか。ひとつ私達も100キロ婆のように、人生を全力疾走してみませんか。
*筆者の単行本がでます。「江戸武蔵野妖怪図鑑」けやき出版 山口敏太郎
東京の珍しい妖怪が135種類、てんこ盛りです。今回読者の方 1名にプレゼントいたしますね。これからも応援願いますね。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
お化け大好き26回     遠野河童事件
                                                   妖怪王〜山口敏太郎
 
 妖怪はいつの時代でも存在するものです。この情報化の進んだ21世紀の現代においてもそうです。いつでも庶民の心の代弁者である「妖怪」は活き活きと歴史の裏で活躍しているようです。最近はなんとあの民俗学の始まりとなった遠野物語の舞台である遠野市に「河童」が出たというのです。
 事の発端は、東京スポーツ新聞宛てに、匿名の遠野市民によって撮影されたという「河童の写真」なるものが郵送されてきたに始まるのです。写真は遠野市の「土渕小学校裏の小鳥瀬川」で撮影されたものだという註釈付きだったそうです。確かに緑色の体をした妙な生物?らしきものが写っています。また頭にはお皿のような部分もみとめられるのです。これは本当に河童なんでしょうか?(10/23発売の東京スポーツ(日付10/24号)の河童の記事についてより)
 調べてみると、小学生のコメントだと月曜、水曜の午後4時に現れるとかいう出現する曜日に特徴があるようで、写真騒動の以前から現地の小学生には何度も目撃されていたと言われています。しかも、子供たちに発見されるとそそくさと斜面を登り、山側に逃げ込むようです。河童なのに川の中に逃げず、山側に逃げるとはおかしいですね。出る曜日が決まっているのも、仕事の定休日であって、河童くんは、日頃、会社勤めでもしているのでしょうか。中には勇敢な子供もいて「河童をつかまえてやる」と野球のバットをもって川に張り込んだ子供もいるとか(笑)しかも現場付近では人間サイズの奇怪な足跡も地元の遠野ケーブルTVによって撮影しており、また遠野テレビが賞金1000万をかけため、地元の河童熱は急速に加熱しているらしいのです。
 この河童熱は東京や全国各地にも飛び火し、巨人軍の上原投手も河童の動きに興味をしめしたとか(本当かどうか確定できませんよ(笑))、大日本プロレスのグレート小鹿社長はプロレスラー対河童の「異生物格闘技戦」を発表し、河童の出没現場付近でのプロレス興業の開催を計画したようです。
 なお80年代 90年代にも同様の事件がありました。まず対馬河童騒動ですが1985年8月 1日深夜 対馬の南部厳原町久田でイカ釣りからの帰宅中の城崎竜作氏が河童らしき生物と遭遇したのです。身長1mザンバラ髪で口が尖っていたといいます。城崎さんに気づいたその河童らしき生物は、道からはずれ川へ飛び込んだのです。翌朝、近所の人と現場に行ってみると、路上には長さ最大22センチ、幅最大12センチほどの三角形の足跡が残されており、歩幅の間隔は50cmであったと言います。
 更に宮崎河童騒動も起こっています。また、1991年6月 宮崎県西都市に住む松本貢氏の留守宅に、謎の生物が侵入したのです。居間の畳、廊下に三角形の足跡が残されていたが、3〜5本指であり、長さ12センチ、幅10センチでした。僅かに残った黄色い液体を分析したところ、わき水にみられる鉄分をふくんだものである事が判明。裏山から流れ込む排水溝が庭に通じており、生物はそこから侵入したらしいのです。
 河童決して昔の怪物ではないのです。「UMA(未知動物)」が正体であろうか、人間のいたづらが正体であろうと、今も現役の「妖怪」なのです。 
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
最終回  「お化け大好き・みんな大好き」
                                                山口敏太郎=ハザマトシユキ
 
 ついに最後の時がきてしまった。お化けは死なないが、お化けコラムの連載の最終回はやってくるものである。思い返せば3年間「お化け尽くし」の日々であった。長い妖怪マラソンであったが完走できた今は満足と感謝でいっぱいである。3年前33才だった僕は学研ムーのミステリーコンテストを「妖怪進化論」で受賞したものの、売れないライターであった。そんな僕に初めてプロとして連載させてくれたのがニックナックメルマガである。このコラムを初めて書いた時はうれしくて手が震えた。
 だからこの「お化け大好き」は母校のようなものだ。そのコラムが終わってしまう。正直言って悲しかった。でもそろそろ僕も卒業する時期なのかもしれない。
 今僕はライターとしていくつかお仕事させてもらえるようになったが、全てはこの「お化け大好き」から始まった。ニックナックに、読者のみんなに、僕は育ててもらったと思っている。本当にありがとう。読者の皆さんが寄せてくれた感想メールには本当に励まされた。僕のライターとしての長い長い冒険はここから始まったのだ。「お化け大好き」は僕とって大切なコラム連載であった。
 僕がこの3年間のコラムで言いたかった事は「お化けは幸せのしるし」という事である。日本の歴史を紐解くと戦国時代とか、幕末とか、本当に動乱の続いた時期にはお化けの出番が減っているのだ。
 つまり、文化的にも経済的にも「心にたっぷりの余裕」が無いとお化けは語られない。お化けは平和の証拠なのだ。今こうしている間にも国際社会では緊張感が生まれている。お化けが人の心に住めない悲しい時代がまた来るのかもしれない。わくわくする顔でお化けを語れる平和な社会であって欲しい。
 またお化けは親子の絆、おじいちゃん・おばあちゃんの大切を教えてくれる。代々、囲炉裏端で語り継がれたお化けの話は、「親子の会話」、「祖父母の知恵とユーモア」を子供に教えてくれてきた。だから「親子や家族の絆」がないがしろにされる時代にもお化けは出てこない。家族の良さがわかるやさしい時代にこそお化けが活躍するのだ。
 このコラムを読んだお母さんは子供たちとお化けの話をしてくれたであろうか。「本当の狸合戦わねえ〜」「遠野の河童事件はさあ〜」「新しい現代妖怪もいるのよ」親と子でそんなお化け談義をしてくれたのであれば凄く嬉しい事である。もしこのコラムでお化けの大切さに気づいてくれた人が入れば幸いである。お化けは人と人、世代と世代をつなぐ、言葉のコミュニケーションなのだ。
 お化けを介した「お化けーション」で家族の輪、世界の平和を広げられたら最高だ。お化けだって嬉しいに違いない。そうである。「お化け」とはやさしい気持ちが「化けた」ものである。読者のみんなもお化けを信じたあの頃の気持ちを忘れないで欲しい。なぜなら「お化けを見れる心」があれば人にやさしくなれるから、夢を見る事ができるから。
 最後に大きな声で言おう。「お化け大好き!!みんな大好き!!」
  山口敏太郎 cocopuri@crocus.ocn.ne.jp
              http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
  東京妖怪伝説1
                            妖怪王〜山口敏太郎
 
 本所七不思議というものがある。これは本所界隈で起こった七つの奇妙な出来事を当事の人達はそう呼んだ。その中に「足洗い屋敷」という怪現象がある。これは、天井を突き破り巨大な血だらけの足がおりてくるという怪現象である。奇妙な話であるが、何故足がでるようになったかという原因のエピソードは不明であった。それが先日、私は偶然ある本により、その失われた「妖怪が出るようになった原因」を入手することができた。それが「江戸伝説 佐藤隆三 坂本書店 大正15年5月10日発行」である。
 今回、その内容を紹介しょう。寛永の末頃、○○左膳という勘定奉行が錦糸堀からおいてけ堀付近のある屋敷にうつってきた。妻およね。息子膳一の3人家族であった。元々先祖は甲州流軍学の家柄で武田家の家来であったが現在は徳川につかえていた。そんな時、妻が死んだ。左膳はさみしさのあまり、妾のおさわを家に招き入れた。妻の命日の事 左膳は三つ目付近を通りがかった。よくみると近所の若者に「おいてけ堀の狸」がつかまっていじめられている。左膳は妻の命日という事もあり、いくらか若者にお金をにぎらせ、狸の命を助けてやった。その晩のこと、枕元に怪しい女が座った。ややっ妖怪と左膳が退治しようとするとなんと昼間の狸だという。しかもこういうのだ。
「そばによくない者がいるので気をつけた方が良いという。私も力添えする」
左膳は一笑に付した。だが実は妾おさわと配下の星合鍋五郎の弟「良之助」と深い仲にありお家乗っ取りを計っていたのである。そして花見帰りの夜、左膳は良之助とその仲間に闇討ちにされ、どうにか囲みを敗って逃げ出すが、ついに絶命してしまう。
息子の膳一はいつか姿の見えぬ敵を討つため武芸にはげむ。ある時、狸が庭に現れ「おさわと良之助の陰謀や、膳一の毒殺計画を書いた手紙」の断片をおいていった。この手紙を読み本当の敵を知った善一は、父の敵を討つ決心をする。
 ある日、道場から帰ると、おさわと良之助が一緒にねている。これぞ機会とばかりに切り込んだが 所詮子供の剣法。逆に良之助に追い込まれてしまう。そこに突如、天井をやぶり毛だらけの大きな足が突き出てきた。そして良之助 おさわを踏みつぶし引っ込んでいったという。それ以来のその部屋でねると足が出るという。
 これが「足洗い屋敷」の失われたエピソードである。なお、この屋敷は元々「凶宅」という不吉な家であり、更に井戸は「首あらいの井戸」と呼ばれ、庭には時折 「骸骨の行列」が出たという。また寛永の頃には水野十郎左衛門近藤登之助が退治した化け狐をまつった祠もあったらしい。
 明治以後、足洗い屋敷の呪いは健在で、安田財閥の安田翁が住んでいたが、その祟り為安田翁は朝日平吾に暗殺されたとも言われている。ちなみに「足洗い」の出る部屋は、書院と茶室の真ん中にあったらしい。
 しかし、この「足洗い屋敷」も関東大震災により焼失してしまった。妖怪も地震と文明には勝てなかったのであろうか。今回、参考にした本はなんと関東大震災の直後にかかれており、著者は最近昔の伝説が失われつつあるとなげている。まだ江戸時代から50年ぐらいしかたっていない当時ですらこうである。さらに80年後の現代であるこの21世紀の世の中をどう思うであろうか。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
東京妖怪伝説2 「浅草の牛御前」
                     妖怪王〜山口敏太郎
 僕は時々浅草を散歩するのを趣味にしています。ふらふらと仲見世を歩き、言問橋を渡ると、古びた神社があるのです。本所一帯の総鎮守とも言われた牛嶋神社がそれなんですね。僕は、このややくすんだムードが大好きなんです。貞観二(860)年創建の古社であり、江戸っ子の守護神のひとつとも言える神社ですが、元々は須佐之男命を、主宰神に迎えたのが始まりだと言われています。関東大震災後の隅田堤の護岸工事により500m移動しただけで、当時のムードを程良く残しているからたまりません。
 牛御前社 の祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)ですが、スサノオは時々牛頭天王(ごず てんのう)と表裏一体の関係とも言われます。まあこれは明治以降の神仏分離の影響を大いに受けているようですが、スサノオ・牛頭天王に更に牛御前が被さった経過には次のような由来があります。
 慈覚大師が付近を旅の途中に通りかかったとき、不思議な老翁が現れ「師わが為に一宇の神社を建立せよ、若し国土の悩乱あらば、牛頭を戴き、悪魔降伏の形相を現わして、天下の安全の守護たらん」と告げたというのです。それが牛御前社と称した始まりだそうです。更に明治になってから、今の呼び名「牛島神社」になりました。
 現実的には、天武天皇の時代(701〜764)に両国〜向島一帯が牛の国営牧場として運営されており、さらに天保元年(701)には浮島牛牧と呼ばれるようになった為、このエリアが牛のイメージで語られた点にあるとも言われています。現代で言うと「北海道=牛乳」というイメージでしょうか(笑) 狛犬の替わりに鎮座するのは、通称「撫で牛」で、自分の体の悪いところを撫でると、病気や怪我が治ると言われています。ところどころ「撫で牛」の「撫でられた場所」が黒光りしているのがみとめられます。
 なお「牛御前伝説」は室町時代あたりの古浄瑠璃を媒体に盛んに語られました。平安時代の武士に源満仲というものがおり、この男にまるで牛のような顔をした娘が生まれ、牛御前と呼ばれたそうです。まるでギリシア神話のミノタウルスみたいですね。父の満仲はこの娘を大層嫌い、須崎という女官に殺すように命じました。しかし、須崎は娘を哀れに思い、山中で密かに育てたのです。牛御前は山ですさまじい力をもち、すくすくと育ちました。ですが、ひょんな事から娘の生存を知った父は激怒し、息子であり、牛御前の兄弟でもある源頼光に退治するように命じます。源頼光はご存じ平安時代のゴーストバスターズでありまして、名高い酒呑童子や土蜘蛛を滅ぼした猛者であります。頼光は及び配下の「四天王」(渡辺綱、坂田金時、他)は、牛御前を追って関東に攻め入りました。しかし、牛御前と同じように山で山姥に育てられた金太郎事、坂田金時は牛御前に同情します。つまり、共感したんでしょうね。しかし無情にも牛御前は攻められ、追い込まれ、隅田川に身投げをするのです。そして、身の丈十丈の牛鬼へと変身し、頼光軍に戦いを挑むのです。
 このように牛鬼は大変人々に恐れられてました。「枕草子」に書かれている窮鬼 (いきすだま)が牛鬼にあたると解釈するむきもあるみたいです。何度か、浅草には牛鬼は出没しているようですね。今も牛嶋神社には「牛鬼が落としていった玉」があると伝えられています。まあ散歩をしながら、僕は牛が隅田川の水中から飛び出すファンキーなシーンを想像し、しばし日々の疲れをとる。たまにはそんな幻想的な日もあってもいいでしょう(笑)
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
東 京 妖 怪 伝 説3 赤 穂 浪 士 と 怪 談 
                            山 口 敏 太 郎
 10年近く前であろうか。今は亡き名監督・深作欣二氏が「忠臣蔵」と「四谷怪談」を合わせた「忠臣蔵外伝」という映画を撮影した。かくいう筆者も劇場で拝見したのだが、たわわな巨乳を惜しみなく露出させる高岡早紀と、うらぶれた佐藤浩市の演技が妙なリアル感を醸し出していた。誠に秀逸な作品であったといえよう。
 同映画では、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の主人公・民谷伊右衛門が赤穂浪士の一員であったという設定であるのだが、この状況設定はまんざら嘘ではない。
 何故なら、江戸時代、歌舞伎の演目において、「忠臣蔵」と「東海道四谷怪談」は交互に上演されたのだ。つまり、「東海道四谷怪談」と「忠臣蔵」の登場人物が何名か共通しており、この二つの物語が複雑にからみあって進行していくのである。江戸歌舞伎の本場・中村座で上演されたのだが、その時に「東海道四谷怪談」と「忠臣蔵」は幕単位で、交互に2日間に渡って上演したらしい。
 何故、このように違った性質の作品を組み合わせたのであろうか。その理由はいくつか推定されている。お岩の「怨み」と赤穂浪士の「義」のコントラストを狙ったものであるかもしれないし、プライベートな理由により発生する四谷怪談と、オフィシャルな討ち入り行為の対比も興味深い。だが、主たる原因として陰「東海道四谷怪談」、陽「忠臣蔵」という陰陽の組み合わせによる世界観の構築を狙った可能性が高い。陰という暗部なくして人の世の営みはあり得ないということであろうか。
 まあ実際、このように文芸の世界では赤穂浪士は怪談と重ねて語られる事もあるのだが、現実の伝承でもいくつか忠臣蔵に纏わる怪異は報告されている。次の話は出典を失念してしまい、筆者の記憶の中にのみ残っているものだが、浅野内匠頭の切腹した場所に石を置いていたのだが、その石が度々、うなり声をあげて動いたと言われている。浅野内匠頭の魂が石に残留してしまったのであろうか。
 また、「東京伝説めぐり(駿河台書房)昭和17年」には赤穂浪士関連の近代における怪異が報告されている。浅野内匠頭が田村右京太夫の邸で切腹するのだが、その時、大銀杏の木の下で切ったと言われている。(芝居では桜の木の下で切腹するシーンが多いようだが)ちなみにこの大銀杏は別名「入津の大銀杏」と言われ、船が港に入る目印にもなったと言われており、大正年間まで存在していたという。
 しかし、さしもの大銀杏も関東大震災には歯が立たず、焼失してしまった。しかしながら、銀杏の幹はその後もしばらくのこっており、大人が3人がかりで抱えれる程の大きさであった。同書によると夜間などはまるで大入道が手を広げているようにみえたそうである。
 そして、事件が起こる。この大銀杏の近所に威勢の良い魚屋でいて、その大銀杏の幹を切り倒して、まな板を作ってしまった。すると毎夜 浅野内匠頭の亡霊が現れて
「何故、切った〜」
と恨み言を述べ続けたのだ。気の毒な事に最後に魚屋は狂い死にしたと伝えられる。なおこれは余談だが、焚きつけに使用した風呂屋では祟りもなかったと言われており、呪いや祟りの本質の当の本人の内面にあるのかもしれない。
 ちなみ、現在浅野内匠頭の切腹の地には和菓子屋さんが開業している。そこで販売されている名物のお菓子はの名前が凄い。
「切腹最中」
あんこの出具合が切腹した腹を例えているらしい。味もなかなか美味であった。
いやはや世の中、祟りなど吹き飛ばすパワーが優るのであろうか。 
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
東京妖怪伝説4  壁おやじが感染するんですよ 
                                               山口敏太郎
  友人の美影四郎氏が仕事帰り、幽霊を見るという。
 こんな話を聞いたのは去年の初夏の頃であった。氏の話によると、その幽霊というのは中年のおじさんで、ビルの壁の中から出てきてつきまとうのだという。
「会社の帰り、いつもその幽霊を見るんだよ」
と氏は力説した。随分と気味の悪い話だが、私は茶化してこう言った。
「我々も中年ですから、いつそうなるか、わかりませんよ(笑)」
この時は編集・デザインというハードな仕事をこなす氏が肉体的疲労からそんな幻を見るのだと思っていたが、そんな生優しいものではなかった。
 そのうち、サイト妖怪王宛てに送られてきた神奈川のOLの体験と、氏の体験が重なっていることに気付いた。当然、OLの体験は、美影氏の体験をサイトや書籍でオープンにする前に送られてきたものである。
“会社の帰り 壁から親父が出てきて、あとをつける”
まったく美影氏の体験と同じである。これは一体どういう事を意味するのか。同じような現象を引き起こす魔物が同時多発しているのだろうか。
 そのOL(後に本人とは直接話すことになるのだが)は、メールでこう結んでいた。
“その親父の幽霊を、壁親父と呼んでいます。リストラされたサラリーマンがビルの上から投身自殺をした後、幽霊となり、その自殺のシーンを何度も繰返しているのです”
本人の妄想か、性質の悪いいたづらか、判別はできないが、気持ちの悪い話であった。
(後日プロの霊能者であるあーりんさんに聞くと、自殺者や事故による死者で、壁や地中からはえているような状態のままの霊体はいるそうである)
 取りあえず、美影氏の見る幽霊と酷似しているので、仮にこの幽霊を壁親父と呼ぶことにした。     
“これがいけなかった”
 幽霊とは妖怪めいた名前をつけられると活動的になるのかもしれない。美影氏はまるで何かにとり憑かれたように「壁親父」の話をしゃべりまくった。青梅の妖怪ライブ、各地の妖怪祭り、妖怪王のチャット、そして史跡ツアー、あらゆる場で氏は、壁親父の話を繰返すのである。廻りがもういいよ…とひいても続けるのだ。
 …どうも変だ。まるで壁親父に取り付かれているようだ。
 私の懸念を余所に奇妙な話は広がりをもっていく。まずは、壁親父が友人・河本くんに感染した。壁親父の出現場所を見たいと言って美影氏の自宅まで行ったその夜、彼の部屋に正体不明の化け物が出て、襲いかかったのである。
 どういう事であろうか。まるで、幻覚がうつるかのように…。いや幻覚が他人にうつることがあるのか。実際の幽霊なのではないだろうか。
 不気味なことは更に続いた。美影氏が入院してしまったのである。詳しい病名は伏すが、一時は集中治療室に入るぐらいの重篤な状態であった。この入院騒動には美影氏の勤め先の社長も、我々友人も色を失ってしまった。
 また呪禁師の月姫さんも私に
「美影氏が何物かから逃げ回る夢」
を見たと語った。奇妙な事に、美影氏とあった事のない月姫さんの言う容姿は美影氏そのものであった。
 どうにか生還した美影氏だったが、私は「壁親父」の話は禁止している。余りにも奇妙な事が起こりすぎるからである。
 ある特定の幽霊を何度も語ること、幽霊に名前をつける事、幽霊を大勢で共有認識する事は危険な行為なのかもしれない。みんなの無意識な好奇心が魔物を大きく育ててしまうのだろうか。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
東京妖怪伝説5
     最凶妖怪・七人ミサキは現実に実在する!!前編
                                                      山口敏太郎
  明治に入り、”妖怪は迷信である”と学者・井上円了が言い放ってから、妖怪とは通常、存在しないものとされてきた。果たして妖怪は現代において死滅してしまったのであろうか。
 現在、妖怪情報サイト〜妖怪王には、この21世紀においても、”現実に妖怪は存在する”との情報が多く寄せられている。特に恐れられているのが、七人ミサキ系の妖怪である。この妖怪は、地方によって「七人ミサキ」「七人童子」「七人同行」など呼ばれ、恐れられてきた。その正体は7人の怨霊の集団だという。つまり、非業の死を遂げた7人の怨霊が妖怪となり、生者をとり殺すのだ。奴らは、7人の命を奪わないと救われないとされている。そして、新たに命を奪われた7人が新しい「7人ミサキ」となって、生者を黄泉の国にひきづり込むのだという。
 その七人ミサキ系の妖怪の中で、現在でも激しく祟っていると噂されているのが「7人坊主」である。この恐ろしい奴らの正体に迫ってみよう。
 
七人坊主の祟り(八丈島)
 昔、上方(大阪)から出航した船が、激しい嵐に遭い難破してしまった。たまたま乗り合わせた七人の坊主は漂流し、命からがら八丈島の藍ヶ江浜に漂着した。そして、食料を求め坊主達は、島の内部を徘徊し、中之郷村にたどり着いた。しかし、住民の坊主たちへの態度は冷酷であった。坊主たちに食料を与えないどころか、山中に追いやってしまったのだ。
 それには理由があった。当時、長引く飢饉で自分らの食べ物のなかった村民は坊主たちに食料を与えたくとも与えられなかったのだ。食料事情が豊富でない島では仕方の無い選択であったのだ。また違う説によると、七人の坊主のうち何人かが、天然痘に感染しており、村民の命を守る為に、やむえず山に追い返したというものもある。更に異説には、坊主たちが呪術によって、離れた場所から木の実を落としたりする姿を、村民が目撃し、七人の坊主を呪術師として怖れたためであるとも言われた。
 兎に角、村民は7人の坊主が村に入れないように、バリケードを施し、坊主を山中に封じ込めた。その為、7人の坊主は時をたたずして、全員絶命してしまったという。その7人の坊主の怨霊が 妖怪「七人坊主」となり長く祟る事となったと伝説では伝えられている。
 なお幕末から明治にかけての八丈島復興に功績のあった文化人・近藤富蔵にも7人の因縁はつきまとう。「八丈実記」69巻の著者であり、徳川譜代の旗本で、著名な北辺の探検家でもあった近藤重蔵守重の息子であり、武士としてもなかなか心根のしっかりした人物であったという。当時、富蔵は父親に勘当され、絶縁の間柄ではあったが、その父が別荘地の問題で塚越半之助という元博徒ともめているのを聞き、いても立ってもいられなくなった。そして、これは良い親孝行の機会であると塚越一家に調停にいった。しかし、これがトラブルの原因となる。話の分からぬ塚越と口論となり、刃物を持っての刃傷沙汰となった。だが、腕に覚えのあった富蔵は塚越一家7人を斬り殺してしまった。売られた喧嘩とは言え、7人も殺したと言うのはもはや申し開きがつかない。富蔵は八丈島に遠島という処罰を受けることになる。在島年数は56年で、明治13年2月26日に赦免になっているが、島の発展に寄与し父の菩提を供養する真摯な人生であった。このように島の偉人にも”7人殺し”の因縁はつきまとうのだ。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
東京妖怪伝説6
     最凶妖怪・七人ミサキは現実に実在する!!後編
                                                      山口敏太郎
 因縁はまだ続く、昭和27年にその事件は起こった。
7人の坊主が最後に絶命した場所で、林道の工事をしていた。
島にとっては久々の大規模な工事であり、島民や、島外の人も含め10数人の作業員が労働に従事していた。
順調に作業は進んでいたが、そのうち島外の作業員が七人坊主の話をしだした。
「馬鹿馬鹿しい そんなものは伝説にすぎない」
「昭和の時代にそんな事はない」
というのだ。
伝説に怯える島民の作業員たちは
「とにかく、祟りがあるからやめろ」
と制止したが、島外部の作業員は、伝説を馬鹿にし、まったく相手にしなかったという。
そして最後には、はやし言葉言い始めたそうである。
「やれ坊さん−♪ それ坊さん−♪」
 
すると突如土砂崩れが起きた。
全ての現場が飲み込まれてしまった。
そしてなんと、恐るべき事に、8人が生き埋めとなり、7人が死亡したのだ。
「七人坊主」の祟りは存在する。人々は恐怖におののいた。
 
平成に入った今でも、「七人坊主」の目撃談がある。
フジテレビの人気番組「アンビリバボー」の調査によると
例の土砂崩れがあった現場付近では、緑色の衣を身につけた坊主が度々目撃されている。なんと緑色の衣とは当時絶命した「7人坊主」の法衣だと伝えられている。
或いは「7人坊主」は、子供を連れているとも言われる。
これに関しても非常に興味深いことがある。
子供とは坊主達が使った護法童子ではないだろうか。密教系の呪術を使う坊主は、陰陽道でいうところの式神に誓い存在として、護法童子を使役するのだ。
 
祟りはこれで終わらない。
95年8月、七人坊主を彷彿させる事件が起こった。島での火葬場の骨の消却炉の中から、身元不明の古い一度焼却された7つ遺骨体が発見されたのだ。
またしても「7人坊主」が動き出したのか、人々は騒然となった。
火葬場には厳重に鍵がかけられていた。
つまり密室である。
(誰がどうやって7人分の遺骨を運び込めたのだろうか)
(どんな方法で、犯人は火葬場に侵入したのか)
まずそれが不明であった。
またこの骨の出所も不明であった。どこから持ってきたのであろうか。
古い骨のようであるが、墓が荒らされたという形跡は島にはなかった。
だとしたら島の外からわざわざ7人分の骨を持ち込んだというのか。
この密室に、7人分の骨が放置されるという事件は謎のままである。
筆者は思うのだが、ある意味、「七人坊主」の祟りの力を使った呪術ではないだろうか。
 
21世紀に入っても「7人坊主」を連想させる事件が発生している。
2001年2月1日に八丈島近海で漁船の遭難事件が発生した。
大分県津久見市保戸島漁協所属のマグロはえなわ漁船「第二鵬正(ほうせい)丸」=19・96トン(宮本昭彦船長(56)ら7人乗り組み)八丈島の東沖で遭難し、行方不明となっているのだ。
 
偶然かもしれないが、元々「7人坊主」は船で八丈島にやってきたものである。奴らが海で暴れたとしても不思議ではない。いやひょっとしたら、火葬場で完全復活した「7人坊主」は漁船を襲い、八丈島を脱出し、大阪に帰還したのかもしれない。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
      神奈川妖怪伝説 浦島異聞!海の向こうの異界
                                                      山口敏太郎
「昔、むかし、ウラシマは〜♪」幼き頃、誰しもが一度は口ずさんだ歌に「浦島太郎」がある。一部の愛好家からは「桃太郎」「金太郎」と並び三大太郎とも呼ばれ、日本の代表的な昔話のひとつとされている。
 この「浦島太郎」は大概特定の場所に纏われない“昔話”として全国で語られているが、稀に地元に根ついだ“伝説”として語られる場合もある。
 有名な場所では京都府の丹後半島があげられる。与謝郡伊根町の宇良神社を筆頭に浦島伝説が点在し、浦島太郎が当然のごとく実在の人物とされている。他にも香川県三崎半島や、和歌山県志摩にも浦島伝説は残されており、漁業が盛んな地域に浦島伝説が存在している点も見逃せない。
 フジテレビの人気番組「アンビリーバボー」において数年前、浦島伝説を追ったプログラムが放送された事がある。、浦島伝説は、ミクロネシアのパラオ島に漂着した漁師の体験が元ネタになったのではないかという視点からのものであった。南洋諸島の伝説と、浦島伝説との共通性を求めたものであったが、なかなか良質なものであったと記憶している。
(00.09.16放送の同番組より)
 現在、文献上で確認できる最古の浦島伝説は、「日本書紀」雄略天皇御世の記載である。女に変化した亀と共に浦島子が蓬莱山に行ったと記録されている。その後も浦島伝説は多くの文献で確認できる。「続浦島子伝記」、「扶桑略記」所収「浦島子伝」、「古事談」所収「浦島子伝」など。どうやらこの奇妙なSF談は、昔から日本人の心捉えてきたようだ。
 現在、横浜には「浦島寺」とも呼ばれる寺が存在する。慶運寺の事であるが、浦島ヶ丘にあった浦島縁りの観福寿寺を明治期に合併した為、浦島観世音菩薩や浦島伝説を慶運寺が引き継いだのだ。
 それこそ江戸期には、同地域の浦島伝説は有名であったのであろう。豊国の東海道五十三対(横浜市歴史博物館蔵)の「神奈川の駅浦島づか」には亀模様をあしらった女性の着物が確認でき、手拭いにも亀模様が使用されている。神奈川といえば “浦島”という図式が浸透していたのかもしれない。
 では同地の浦島伝説を紹介しよう。いくつかバージョンがあるようだが、慶運寺に掲示されている「浦島伝説の説明板」を参考とする。
 浦島太郎の父である浦島太夫は相州三浦の生まれで、丹後に居住しているときに、息子の太郎が誕生した。成人した太郎は、浜で子供にいじめられていた亀を助け、その御礼として竜宮へ連れていかれる。竜宮で三年に渡り、乙姫にもてなされるが、両親や故郷を懐かしみ帰宅を決意する。相州まで両親を訪ねるが300年前に死去しており、絶望した浦島太郎は亀と共に竜宮に戻ったとも、或いは同地で亡くなったとも言われている。
   ちなみに元々浦島伝説のあった観福寿寺は、同地に留まった浦島太郎が建てた草庵が寺となったとされている。また現在神奈川区に浦島丘、浦島町、新浦島町という地名が残っている事も浦島が定住した名残だと言われている。
 なお成仏寺には、浦島太郎が「竜宮恋し」と泣いた涙石がある。
 愛しき乙姫の側では両親恋しきと泣き、故郷にては乙姫恋しとなく。いやはや、かくも男は、我侭なのであろうか。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
神奈川妖怪伝説 第二回「江ノ島の五頭竜と弁財天」
                      妖怪王〜山口敏太郎
 江ノ島と言えばブル中野ではないでしょうか。かつて全日本女子プロレスマットでクラッシュギャルズと抗争を展開し、悪役のトップスター・ダンプ松本の忠実な妹分であったブル中野。そんなダンプ&ブルコンビをある格闘技ライターは竜虎と呼んだが、これはまんざら嘘じゃないのです。何故かって言うとブル中野の実家は江ノ島の旅館であり、江ノ島は竜の聖地だったのです。今回は江ノ島の竜のお話です。
 江ノ島岩屋の洞窟内には鎌倉時代の江ノ島参拝の人々の姿や、古い石仏などがあります。元々この岩屋は、役小角など修験道の術者が修業に使用したとも言われ、不思議なムードに包まれています。岩屋の他にも稚児ヶ渕や化け狸の伝説も有り、江ノ島はちょっとしたミステリーワールドなのです。
 五百年程前の事です。武蔵と相模の国境であった鎌倉の深沢村に周囲四十里もある湖がありました。そこには、五つの頭部を持った竜がおり五頭竜と呼ばれていたそうです。
 非常に迷惑な五頭竜で、時折付近の人里を襲っては、子供を飲み込んでいたそうです。
ちなみに現在も有る「腰越」という地名は、子供を飲み込んだ竜が越えていく様を「子死越」と呼んでいたのがなまったためだと言われています。そのうち子供が飲まれないように見張りを立てたり、戸締まりを徹底したので竜は、子供に飢え天変地異を繰り返しました。これに困った人々は 毎年五頭竜に人身御供を捧げる事にしたのです。
 更に事件が追い打ちをかけます。それは、欽明天皇の十八年四月十二日の事であったと言われています。大地震が起き、その反動で小さな島が付近の海上に浮上しました。それが現在の江ノ島らしいのです。さしもの五頭竜も、大地震をかたずを飲んで見守っておったのですが、出来たばかりの江ノ島に天から美しい姫が降臨してきました。これが江ノ島弁天です。あまりの美しさに五頭竜は一目惚れし、求婚したのですが、弁天は「里の人々を困らせるおまえとなど結婚しない」と一蹴してしまうのです。悲惨ですね。
 この弁天の一言で五頭竜はついに改心するのです。意外に単純な竜ですよね。いや恋は盲目という奴でしょうか(笑)それ以来というもの、五頭竜は飢饉・日照りの時は雨を降らしたり、地震の時は津波から里を身を挺して守ったそうです。そして数百年後、ついに力つきた竜は、改心のきっかけを作ってくれた弁天に御礼を言うと、ひとつの山になってしまったそうです。その山が、片瀬にある滝口山だと伝えられます。
 竜に助けられた里の人々は、竜を慕うあまり、五頭竜を祀った社を建立するのです。その神社が現在の滝口明神なのです。今も神社の本殿には、体長30cm前後の五頭の竜の木彫り像がご神体として奉納されています。竜は今もそこに眠っているのですね。非常にロマンを感じます。
 あれっ?ちょっと待って下さい。気になる事があります。それは五頭竜と弁天との恋の行方です。弁天を愛するが故に改心し、里の人々のために働き死んでいった竜。これではあまりにも竜が報われません。竜のはかない恋はどうなったのでしょうか。
 ご安心下さい。現在でも60年に1回「巳年式年大祭」というお祭りが行われているのです。この祭りは、竜の魂魄の眠る竜口明神から、江ノ島弁財天まで五頭竜の木彫り像を運んでいるのです。つまり、竜は木彫り像にのって60年に1回弁天と逢瀬をとげているのです。60年に一度の恋。江ノ島がデートスポットになるのもわかる気がしますね。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
埼玉妖怪伝説 第二回「袖引き小僧」
                      妖怪王〜山口敏太郎
 皆さんは「袖引き小僧」という妖怪をご存じでしょうか。埼玉県の妖怪で、夜道などで人間の袖を引くいたづらをするかわいい奴です。しかし、何故この妖怪が出るのか。何故袖を引くのか、定かな事は不明です。資料名は失念してしまいましたが、こんな話を聞いた事があります。
 「貧しいながらも、夫婦が共に夜遅くまで働く家庭がありました。夫婦には子供が一人おり、大変かわいがられていました。ある夜、両親の帰りを待ちわびた子供は夫婦の帰り道のお地蔵さんの陰に隠れて待っていました。そして、両親が地蔵の近くに来た途端に、飛び出したのです。しかし、両親は子供がそんなところにいるとは思いません。てっきり最近評判の盗賊だと思った父親は、直ぐさま殴りつけてしまったのです。そのため子供は死亡し、魂が妖怪となり、道行く人の袖を引くようになったのです」
 この話を読んだ時、余りによくできているので創作だなと思ったのですが、なかなかツボを押さえた妖怪談なので大変気に入りました。つまり、琴線に触れるというやつです(笑)こういう話を聞くと妖怪好きとしては、思わずにんまりとしてしまいますね。妖怪の持つ悲劇性、そして哀愁を見事に表現しているじゃないですか。とかく、妖怪「袖引き小僧」には寂しげな影がつきまとうのです。
 全国的に見ても「○○小僧」「○○坊主」というネーミングの妖怪には子供の悲劇がつきまとうようです。例えば「算盤坊主(そろばんぼうず)」とは算盤の計算を間違えた事を苦に命をたった坊主が死んだあと妖怪となったものです。また「茶碗児(ちゃわんちご)」も寺宝の茶碗を割ったという無実の罪をきせられて、自害した稚児の怨霊が妖怪化したものと言われています。
 さて、何故この妖怪は「袖」を引くのでしょうか。それは日本人にとってそれだけ「袖」が大切なものであったからではないでしょうか。「袖ふれあうのも他生の縁」「無い袖は振れない」「袖にする」など「袖」という言葉は、多くの比喩表現に使用されています。言い替えれば「袖」とは日本人にとって重大な意味をもっている可能性があるのではないでしょうか。
 例えば各地の伝説を見ていると、袖にまつわる奇妙な話がいくつかあります。前方から人魂が飛んできたので片方の袖で受け止めて、片方の袖で投げ返したとか、「袖もぎ様」という神様の前を通る時には「袖」を供えないと袖をもぎとられてしまうとか、「袖とり松」に挑んだ者は袖どころか、命さえもとられています。このように「袖」には生命・心という意味合いもあるかもしれません。
 また民俗学の一部研究者は、女性が「袖をふる仕草」に恋愛の意味を見い出しています。それが現在の独身女性がきる「振り袖」につながっているのかもしれません。またそのような「晴れ着」を刃物できる「切り裂き魔」が毎年出没しますが、これなんぞも現代特有の「袖きり小僧」という妖怪とも言えるでしょう(笑)
 このように、私達日本人の生活には「袖」というものが重要な意味をもってからんでいるのです。あなたの袖は誰にふりますか。誰から振られた事がありますか。その「振り袖」を「留め袖」にする時、それは「愛の契約」なのです。
 

****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************
      埼玉妖怪伝説「二つのアダチガハラ、鬼婆伝説の謎」
                             山口敏太郎
 妖怪の中でも鬼婆は広く知られている。鬼婆の浸透に大きな役割を果たしたものと
して、歌舞伎の「安達原」が上げられるが、歌舞伎以外にも、謡曲、浄瑠璃で庶民には親しまれてきた。
 ちなみに「能のみかたくらぶhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/duck-hal/mikataclub.htm」の編集担当・神谷氏の説によると、安達ヶ原とは、『拾遺集』雑下に記載のある。
「名取郡黒塚に重之が妹あまたありと聞きつけていひつかはしける。”みちのくの安達が原の黒塚に、鬼こもれりといふはまことか”」
という平兼盛の有名な和歌をベースに、脚色して能に仕立て上げたものだという。
 つまり、『拾遺集』の記述を解釈してみると、兼盛自身は、本当に安達原に鬼が棲み、人を食っていたとは認識しておらず、噂に聞く安達の国守の美しき娘たちを鬼に比喩したとされる解釈が主流のようである。
(美しき女性はいつの時代も「魔物」扱いである。)
 また鬼婆伝説は、福島県安達原以外でも見られ、全国各地で類話が確認できる。例えば、旅人を泊めては、石枕で殺害を繰返し、最後には自分の娘までころしてしまった「浅草・ひとつ家の鬼婆」など個性的な鬼婆が数多く我国には生息しているのだ。
 これらの鬼婆伝説の成立について考えてみると、歌舞伎、謡曲、能などにより「鬼婆」という概念が広がるにつれ、各地の鬼婆のような非道に走る盗賊や、魔物が出たとしか思えない事象に「鬼婆」というキーワードを当てはめていった可能性が高い。つまり、盗賊や不思議な現象という事実に、謡曲、歌舞伎のドラマチックなストーリーが加算され、各地の鬼婆伝説は人々の熱狂的な支持を受けたのでないだろうか。
 実は埼玉にも鬼婆伝説はある。大宮公園の東に位置する「黒塚 大黒院」と呼ばれる一
帯は、かつて「足立が原」と呼ばれていたのだ。当然、そこには鬼婆が棲んでいたという
伝承も残されている。つまり、「奥州の安達原」ではなく、「武州足立」が元々の伝承であったという。
 これに関する記述は「諸国俚人談」にて確認できる。以下該当部分を紹介しよう。「黒塚は武蔵国足立郡大宮の森の中にあり、また奥州安達郡にもあり、東光坊悪鬼退散の地は武蔵国足立郡を本所といへり」。つまり、意外な事に、埼玉の大宮が”本所”であるというのだ。
 更に大宮には東光寺という古刹がある。真言宗の寺であり、東光坊祐慶の開基だと伝えられている。「奥細道菅菰抄」の既述によると 東光寺の裏の畑に黒塚が残っているとされているが、東光寺は当時とは違う場所に移動しており、現在その黒塚は、大黒院という場所になっている。シンボルチックなものはないが、これはなかなか興味深い話である。ちなみに、観世九皐会http://www.kanze.com/ によると、この埼玉の足立が原には、鬼婆のモデルとも言える女盗賊もいたそうである。 
 2つのアダチガハラが、私達現代人を迷わす。これもまた一興ではないか。
 
****************************************
サイト妖怪王トップページ
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
***************************************